Ⅷ 妄信の暴徒(1)

「──マルク・デ・トルスメギストス……三重に偉大な者トルスメギストスとは、またずいぶんと尊大な名前だな」


「エヘヘへ…おそれいります」


 ニャンバルク城の大広間、提出された名刺を眺めながらシュトライガー執事が眉をひそめる。


「ようやく錬金術師が訪ねてきたと思ったら、なんだ、まだ子供ではないか……そなた、ほんとに錬金術師なのか?」


 同じく城伯ジョハン三世もマルクの容姿を覗うと、その顔をしかめて疑いの眼を向けてくる。


 バルシュミーゲ宅を訪れたその日の午後、自称〝旅の医者〟マルクはゲットーを出たその足でニャンバルク城を訪れ、早々、錬金術師として自分を雇うよう城伯に交渉していた。


「なんか、失礼ですね……いや、童顔なんで信頼されないこと多いですけど、こう見えて僕はかの偉大な錬金術師にして医者でもあるパラート・ケーラ・トープスの教えを受けた直弟子なんですよ?」


 二人のそんな言動に対して、マルクも眉根を「ハ」の字にすると、そう言って自身の錬金術師としての価値を大いに主張する。


「パラート・ケーラ・トープス……確かに聞いたことがある。帝国領内を旅しては各地に足跡を残したという伝説の医者だ……だが、貴殿が真にその弟子だという証拠はどこにもない」


「なら、こちらの我が師直伝の、錬金術の奥義を用いて作られた殺鼠剤を使ってみてください。それはもう、すごくよく効きますから。なんなら、他の薬も各種取り揃えておりますよ?」


 それでもなお疑念を口にする執事に向かって、マルクは鞄から薬袋を取り出し、彼らの方へ差し出すようにして告げた。


「ああ、わかった。もうよい! 使えなければ解雇するまでのことだ。時にマルクとやら。そなた、そのなんとかいう師から賢者の石エリクシアの製造法を学んだりはしておるのか?」


 そんな不毛な遣り取りに、いい加減、この面接が面倒臭くなったのか? 城伯は投げやりにマルクの雇用を認めると、やはり一番関心のあるそのことについて尋ねてくる。


「いえ。さすがにそこまでは。ですが、何か手がかりがあれば、必ずや錬成を実現する自信はあります。風のウワサに聞いたところによると、このニャンバルク城に賢者の石エリクシアを完成させたダーマ人の錬金術師が身を寄せているとか……じつはそのこともあって、勉強になるんじゃないかとこちらに伺わせていただいたんです」


 城伯のその問いに、マルクは真相を知らないふりをして、待っていましたとばかりに嘘八百を並べ立てる。


「ほう。ならば話が早い……残念ながら、そのダーマ人錬金術師は罪を犯して今はもうおらぬのだがな。かの者の残した錬金術書はまだこの城にある。そなたを雇うのも、その書物を読み解いて、賢者の石エリクシアの製造法を復元してほしいからなのだ」


 すると、黄金変成を諦めきれない城伯はまんまとその嘘に飛びつき、渡りに船とばかりにエリアスの蔵書について話し始める。


「おお! それはじつに興味深いですね。わかりました。じっくり調べさせていただきますので、大船に乗ったつもりでこの僕にお任せください!」


 その言葉にマルクは密かに口元を歪めると、またもや何も知らないふりをして、そう慇懃に頭を下げてみせた──。

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