Ⅶ 通りすがりの医者(4)
「あなたも城伯と一緒なのね! パパは魔導書なんか持ってないよ! いろいろ御託並べてるけど、けっきょくは
「ちょ、ちょっと待ってよ! ご、誤解だよ! 大いに誤解だ! 僕の目的は
そのあまりの剣幕に、旅の医者は思わず腰を浮かせると、両手でマリアンネを制しながらタジタジになって弁明をする。
「それにお父さんの亡くなった経緯も聞いたけど、僕は城伯や異端審判士と違って魔導書の所持を咎めたりはしない…てか、むしろその逆で、許可のいらない魔導書の利用を大いに拡めようと思ってるんだ」
「魔導書の……利用を拡める……?」
完全に怒りに飲み込まれてしまっていたマリアンネであるが、ますます訳のわからないことを言い始めた医者に対して、図らずもきょとんと勢いを削がれてしまう。
「あ、ああ……そうさ。現在の魔導書の禁書政策には大きな弊害がある……邪悪な書物だなんだかんだ言って、実際はプロフェシア教会と王侯貴族、それに金持ちの商人なんかが許可制のもとで悪魔の力を独占し、貧しい者や力なき者はその恩恵に預かれず、ずっと苦しい生活を強いられているんだよ」
一瞬生まれたその隙を旅の医者は見逃さない。ここぞとばかりにますます饒舌に、マリアンネの誤解を解こうと説得を試みる。
「それに、この禁書政策を逆手に取って権力者が悪事に利用することもある……そう、
「……!」
医者が告げたその事実に、またもマリアンネは息を飲む……彼女が魔導書に抱いている負のイメージは、なにもプロフェシア教会がいうように邪悪な悪魔の書物だからではない。
その感情はすべて、今、彼が言った父を陥れるための〝冤罪〟に利用されたことに起因しているのだ。
「じつはね。僕の父さんも旅の途中、魔導書の不法所持の嫌疑をかけられて、僕だけでも逃がそうと自らは犠牲になって命を落としたんだ……もっとも、それは貴族同志の権力闘争に巻き込まれての、とんだとばっちりだったんだけどね」
「……そう。じゃあ、あなたのお父さんもパパと同じだったんだね……あなたが
思いもよらぬ、まさかの自分と同じような彼の境遇……それを知ると、ようやくマリアンネのその誤解も解けたようである。
「でも、それでどうしてパパの所に? もしもパパの本の中に魔導書が混ざってたらどうするつもりだったの?」
しかし、肝心の直接的なその疑問はまだ解決していない。
「ああ、それね。いや、魔導書を世に拡める一環としてね。まだ見ぬ野に埋もれた珍しい魔導書を探し歩いているのさ。禁書とはいえ、『ソロモン王の鍵』とか有名どこの写本は裏の
すると、旅の医者は今度も言い淀むことなく、さらりと明朗にそう答える。
それでも、なぜそれが魔導書を拡める一環になるのかよくわからなかったが、どうやら嘘を吐いているわけでもないらしい……。
「ふーん……でも、残念ながらもうこの家には一冊の本もないわ。錬金術関連だけじゃなく、いっさいがっさい城伯の衛兵達が持ってっちゃったもの」
だが、いずれにしろ医者の望みに対してけっきょくマリアンネはそう首を横に振るしかない……彼にどんな意図があろうがなかろうが、そもそも答えは最初から決まっているのだ。
「えっ! 根こそぎ蔵書を持ってっちゃったの!? なんて乱暴なやつらだ。関係ないのも当然あったろうに……配下に錬金術の知識あるやつとかいないのか? …あ、そうか。それで錬金術師の求人を……つまり、蔵書は今、ニャンバルク城の中か……よし! なら僕がお父さんの本を城伯から取り返してくるよ。もしその中に魔導書が潜んでたら、その時は僕にくれるっていう交換条件でどうだい?」
当てが外れ、彼女の話に驚き、そして憤りを覚える医者であったが、何やら独りでぶつくさ言って納得すると、笑顔を取り戻してそんな提案をしてくる。
「え!? 取り戻すって……あの城伯から?」
「うん。そのニャンバルク城伯から」
今度はマリアンネが驚く番であるが、医者はケロリとした顔でさも当然というように大きく頷く。
「む、無理だよ! あの城伯が話聞いてくれるわけないし、こっそり盗み出すのにもお城には警護の衛兵がいっぱい……もし捕まったら、あなたまで酷い目に合わされちゃうよ?」
「なあに。ニャンバルク城でちょうどおあつらえ向きの求人広告を出してたんでね。こっちから頼まなくても、向こうからよろこんでお父さんの本を差し出してくれるだろうさ」
どう考えても無理筋な話に慌てて止めようとするマリアンネの忠告も虚しく、旅の医者はなぜか不適に口元を歪めると、異様なほど自信満々な様子である。
「求人広告? いったいどういうこと? ……ていうか、あなたいったい何者なの?」
「だから言ったろう? 通りすがりの旅の医者……いや、医者兼錬金術師さ。そうだな。錬金術師らしく、マルク・デ・
あの残忍な城伯の所業を知っても恐れ一つ見せぬ、この推しはかり難い謎の人物に唖然とマリアンネが改めて尋ねると、その自称〝旅の医者〟マルクはますます愉快そうに笑ってそう答えた。
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