Ⅶ 通りすがりの医者(2)

「──ゴリアテちゃん。パパの魂はまだそこ・・にいるのかな? それとも、もう天の上にあるっていう神さまの世界へ行っちゃったのかな?」


 錬成場ラボラトリウムの朽ちかけた壁にもたれかかって座るマリアンネは、虚な瞳でぼんやりと前を見つめ、同じように床へうずくまるゴーレムに声をかける。


 無論、土塊つちくれでできたその巨人は相変わらず黙ったままなのであるが……。


 あの日以来、マリアンネはずっと、どこへも出かけることなく自分の家に閉じこもっていた──。




「──おおお、なんというむごいことを……すまぬ、マリアンネ。すべてはわしの力不足じゃ! 手は尽くしてみたが、けっきょくエリアスを救ってやることができなんだ!」


 あの日、無惨な姿に成り果てたエリアスを独り連れて、抜け殻のようになったマリアンネがゲットーへ戻って来ると、長老ヤーフェルをはじめとする皆の者が悲痛な面持ちで出迎えたのはいうまでもない。


「努力家で、娘思いの良い人だったのに……みんなでちゃんと神さまの御許へ送ってあげましょうね」


「元気出すのよ? 困ったことがあったらなんでも言ってね?」


 賢者の石エリクシアを生み出したゲットーの救世主から一転。魔導書の不法使用の罪を着せられ、悪魔崇拝の罪人として獄死させられたエリアスであったが、誰もがその不運に見舞われた死を惜しみ、また、残されたマリアンネの身の上を真摯に案じてくれた。


 だが、仲間達の真心とは裏腹に、残酷な現実は傷心のマリアンネをさらに痛めつける。


 それは、ダーマ教の教えに則って厳かな葬儀を終えた後のこと……。


「この上、こんな仕打ちをするのはなんとも心苦しいことなのじゃが……すまぬ。生前、火刑に処すことができなかった代わりとして、火葬にすることを異端審判士が求めてきた。拒めば遺体を磔にして火炙りにすると脅され、どうしてもこの条件を飲むことしかできなんだ」


 本来、ダーマ教徒は土葬にされることが戒律で固く定められていたが、魔導書の不法使用に厳しいプロフェシア教会側からの横槍により、異例にもエリアスは火葬にされることとなったのである。


「いいえ。ぜんぜんかまいません。ただし、一つお願いかあります」


 ところが、このダーマ教徒にとっては屈辱的な処遇にも、マリアンネはなぜか笑顔を浮かべてそう答える。


「願い?」


「はい。火葬にしたら、パパの骨はお墓に入れず、全部わたしにください。パパは錬金術師だったから、錬金術師に相応しいお弔いをしてあげたいんです。それに、ダーマの戒律でも〝土から造られた人間は土に帰る〟とありますから」


 怪訝な顔で尋ねるヤーフェルに、どこか薄ら寒い微笑みを湛えたまま、マリアンネは静かにそう意味深な言葉を返した。


 身内にそう言われては断る理由もなく、葬儀を取り仕切ったヤーフェル達はエリアスの骨をマリアンネに手渡したのであったが……なんと彼女は、その骨に驚くべき処置を施したのである。


 彼女は父親の骨を炉に入れると、錬金術の 煆焼かしょう作業同様に激しく燃焼させ、脆くなったところを砕いて微粉状態にした。


 その行いは彼女にとって、賢者の石エリクシアの原料となる理想的な〝硫黄〟や〝水銀〟を得るのと同じく、父の骨をより純粋なものへ昇華させる作業だったのかもしれない。


 だが、彼女の異様な行動はそれで終わりではない……さらにマリアンネはその粉末を粘土と膠に混ぜ、土でできたゴリアテの身体に塗り込んだのである。


 そして、「emethエメト」のプレートを額に嵌め込むと、再び父の造ったゴーレムに魂を吹き込んだ。


 それは、 煆焼かしょうに比べれば錬金術師でなくてもわかりやすい実験だったのかもしれない……彼女はそうすることで、もしかしたら新たに土塊の身体を得て、エリアスが復活するのではないかと考えたのである。


 しかし、その実験は失敗だった……ゴーレムはやはりゴーレムのままで、エリアスの魂を宿すことはおろか、人語を話すことすらままならなかったのである。


 落胆したマリアンネは「emethエメト」のプレートをまた外し、ゴーレムをもとのオブジェへと再び戻して今に至る。


「ねえ、ゴリアテちゃん。パパと融合したんだから何か感じないの? あなたの身体にはパパも混ざっているんだよ?」


 それでも、父エリアスの形見とも呼べるような存在であり、その父の骨を練り込んだ土人形には、なんとも言えない親近感を感じずにはいられない……だからこうして、マリアンネは日がな一日、物言わぬ人形に話しかけて、無気力に引き籠り生活を続けていたのだった。


 一応、ゲットーの墓地にも遺体のないエリアスの墓が作られたが、マリアンネの中でそれはただの石塔にすぎない。彼女にとってこのゴーレムこそが、真にエリアスの墓と呼ぶべき存在なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る