Ⅵ 父の帰還(3)

 しかし、彼女がそうしてニャンバルク城へと向かっているその頃、丘の上に建つその城の中では……。


「──まったく、なんと強欲で頑固な男なのだ。どんなに痛めつけても賢者の石エリクシアの秘密を教えようとせん。あまりに責めすぎたせいで、最近ではああ…とかうう…とかしか言わなくなったぞ」


 城の食堂でワインを飲みながら、いつまで経っても口を割らぬ…否、口を割るような秘密を知る由もないエリアスに、城伯ジョハンは苦虫を噛み潰したような顔で嘆いていた。


「少し休ませないとさすがに死んでしまいましょう。しばらく拷問はお控えになった方がよろしいかと。魔導書の違法使用の罪を着せましたので、これからはゆっくり堂々と、監禁も尋問も存分にできますからな」


 そんな城伯に傍らに立つ執事のシュトライガーは、合理的だが卑劣な手段を淡々とした口調で平然と語る。 


「そうだ。今度、娘も同罪で捕らえて参りましょう。可愛い娘を人質に取れば、拷問などよりもよほど口を割らすのには有効かと」


「おお! それは良い考えだな。よし。さっそくその娘とやらも引っ立ててくるのだ。愛しい娘の泣き叫ぶ姿を見れば、さすがのあやつでも観念することだろうて。ガハハハハ…」


 ますます非道極まりないシュトライガーのその提案に、ジョハンも躊躇いなく一発で了承したその時。


「た、たいへんでございます!」


 血相を変えた衛兵が、慌てた様子で食堂に飛び込んで来た。


「なんだ? 騒々しい!」


「そ、それが……え、エリアスが死にました!」


 顔をしかめて尋ねるジョハンに、衛兵はやや言い淀みながらもそう伝える。


「なんだと!? なぜだ? 昨夜はまだ息があったぞ!」


「はあ……やはり拷問の傷がかなりひどく、もうそろそろ限界だったかと……」


 その事実に驚きを露わにするジョハンであるが、報告した衛兵の方はそりゃそうでしょう…というか、あんたが言うか? というような表情で少々呆れている。


「クソう! これでは黄金変成の秘密がわからぬではないか! もう少しで大量の黄金を造り出せるとこだったのに……なぜ我はこうもツイてないのだ!?」


「少々やりすぎてしまったようですね……ま、魔導書使用の罪をかけておいたのは良い判断でした。これでやつを責め殺したことも教会の教えを守るためであったとして、参与会や帝室からも非難されることはないでしょう」


 ひと一人を殺したことなど気にも留めず、なおも黄金変成のことばかりを考えて嘆く城伯ジョハンであるが、そんな主君も主君なら、その執事もまた執事である。


「魔導書として蔵書を押収しておいたのも不幸中の幸い。本人が死んでしまった以上、賢者の石エリクシアの製造法についてはその錬金術書から探るしかありません。専門知識が必要になりますから、また新たに錬金術師を雇う必要があるものかと」


「うむ。それしかないか……仕方ない。すぐに代わりの錬金術師を捜してくれ」


 主君に輪をかけて冷酷な執事の進言に、黄金変成を諦め切れない強欲なジョハンも、苦々しげに頷いてシュトライガーにそう命じた──。

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