Ⅵ 父の帰還(2)

「……グスン……長老、どうして城伯さまがこんなことを? わたしには、何が起きてるのかさっぱりわかりません!」


 衛兵達が去り、集まった聴衆もわらわらと散開をし始める中、マリアンネは振り返るとくしゃくしゃな顔でヤーフェルに向かって尋ねる。


「やつらの話では、黄金変成の仕組みを尋ねる内に、うっかりエリアスが悪魔の力によることを漏らしたと言っておったが、おそらくそれは真っ赤な嘘じゃろうな」


 するとヤーフェルは険しい顔つきで、自らの知り得たところをマリアンネに対して語って聞かせる。


「薄々疑ってはいたがこれで確信した……城伯は最初から、賢者の石エリクシアの錬成法知りたさにエリアスを呼び出したのじゃろう……じゃが、それは錬金術師にとって長年の研究が実を結んだまさに努力の結晶。おいそれと教えられるようなものじゃない」


「…グスン……だから、城伯さまはパパをお城に閉じ込めて……」


 その推察に、なぜエリアスがいつまでも帰って来ないのか? その理由をマリアンネもようやくに理解する。


「ああ。じゃが、罪もなければ自身の領民でもない者を…ましてや己の欲望のためだけに監禁するなど許されることではない。ゲットーに住まう我らも一応はニャンバルク市民。万が一、参与会に訴え出るようなことがあれば、普段から城伯と敵対している参与会も黙ってはおるまい。そこで、禁書である魔導書の違法利用などという罪をでっちあげ、自らの悪事を誤魔化そうとしておるのじゃ」


「そんな……そんなことのためにパパを無実の罪で……」


 城伯の非道を知り、ますます悲痛に表情を歪ませるマリアンネであるが、さらに追い討ちをかけるかのような話をヤーフェルは続ける。


「その上、なかなかエリアスが秘密を明かさないのを見て、何か手がかりにならんかと蔵書の錬金術関連の書籍も魔導書だと偽って奪って行きおった……なんと非道な男なのじゃ。必ずや神の裁きを受けるじゃろうて……」


 語るヤーフェルの顔も真っ赤に染まり、血走ったまなこは強い怒りに震えている。


「……パパは……パパは大丈夫なのかな? 賢者の石エリクシアの秘密を教えろって、ひどい暴力振るわれたりとか……」


「わからん……じゃが、あの城伯のことだ。一刻も早くエリアスを救い出さねば」


 悪い予感が脳裏を過り、その不安を消し去りたくて確かめるマリアンネに、残酷な事実を確信していながらも、そこはぼやかしてヤーフェルは答える。


「じゃ、じゃあ今からでもパパを助けてって参与会に!」


「いや、こうなってしまってもう遅い。こんなことなら、もっと早くに訴え出ておくべきじゃった……魔導書の違法利用となると、市民やプロフェシア教会も城伯側を支持する。いくら参与会とて、なかなか面と向かっては反対できんじゃろう」


 それでも父親の危機を察し、救出に動こうとするマリアンネであるが、ヤーフェルはその主張に対して静かに首を横に振る。


「なら、パパをこのまま見殺しにしろっていうんですか! ひっぐ……そんなの……そんなのひどい! ひどすぎる……」


「いや、落ちつけ。そうは言っておらん。そのやり方では無理じゃと言っておるだけじゃ。事ここに至っては、一か八か、わしは徴税官に相談してみようと思うておる」


 一見、無慈悲にも思えるヤーフェルの言動に激昂するマリアンネを、彼はそう言って制すると裏技ともいえる別の方法を彼女に提示する。


「我々ダーマの民は保護税を納めることで、〝帝庫の隷属民〟として帝室の財源となっておる。しかも、エリアスは莫大な富を生む賢者の石エリクシアの錬成法を知る人間。それを不当に奪おうとする城伯に帝室側も黙ってはおるまい。上手くいけば強く抗議してくれるやもしれぬ」


「…ひっく……じゃ、じゃあ、パパをお城から救い出すことが……」


「うむ。まあ、事が魔導書絡みだけに一筋縄ではいかぬじゃろうがな。それでも黄金変成を手土産にすれば、なんとかなるやもしれぬ……ともかくも、さっき衛兵も言っていたように下手に動けばエリアスを救えぬばかりか、そなたまでもが同罪にされかねん。父親のことが心配じゃろうが、今はわしに任せて辛抱するのじゃ」


「……はい……グスン……パパを……どうかパパをお願いします……」


 説得力のあるヤーフェルの言説にマリアンネもそれが最良の策であることを悟り、彼女は涙を飲み込みながら、すべてを長老に託すことにした──。




 それよりさらに三日後の朝のこと……。


「ダメだ。やっぱり心配だよ……」


マリアンネの姿は、またもやニャンバルク城へと向かう道にあった。


 だが、今回は彼女一人だけであり、城へ行くことはヤーフェルをはじめとして他の誰にも告げてはいない。


 あれから三日が経つが、長老ヤーフェルによる徴税官との交渉は難航しているようである……。


 やはり、無許可での魔導書の所持・使用となると、宗教的権威であるプロフェシア教会や帝国の規範に抵触することとなるため、徴税官の反応もかんばしくはないようだ。


 そんな遅々として進まね状況に、父の身を案ずるマリアンネは居ても立ってもいられなくなってしまったのである。


 こうして無駄に時間を費やしている内にも、エリアスは酷い目にあっているかもしれない……。


「パパはわたし達のことを思って秘密にしてるのかもしれないけど、そんなことよりもパパの方が大事だもん…… パパを説得して、城伯さまに賢者の石エリクシアの錬成法を教えさせよう。そうすれば、無実の罪を取り下げて、すぐにでもお家へ帰してくれるはずだよ……」


 そのようにマリアンネはヤーフェルに頼ることなく、城伯の望みをかなえることでエリアスを救おうと考えたのであった──。

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