Ⅴ 迫害の街(2)
一方、その頃、ニャンバルク城ではというと……。
「──おお、シュトライガーか。どうした、こんな所まで? 残念ながらまだ口は割っておらぬぞ? こんなに責め立ててやっているのに、なんと強情な男なのだ」
執事が城の地下へと下りてゆくと、鞭を手に牢から出て来た城伯ジョハンが困り顔でそう嘆く。
「少々厄介なことになりました。昨日、エリアスの娘と名乗る者がニャンバルク・ゲットーの長老とともに参り、エリアスを帰すよう訴えていきました。どうやらすでに怪しんでいる様子……これ以上、やつを監禁しておくことは問題になりかねないかと」
しかし、執事のシュトライガーはその愚痴を無視して聞き流すと、大真面目な顔でそんな忠告を口にする。
「ダーマ人の長老と娘? そんなもの放っておけばよいだろう?」
「いえ、私も最初はそう考えたのですが、ゲットーがあるのはニャンバルク市内。そこに住むダーマ人も一応はニャンバルク市民です。罪もない市民を…しかも、
執事の報告に、なにをつまらぬことをと吐き捨てるように言うジョハンだったが、さらにシュトライガーは反論して続けた。
「その上、ダーマ人は〝帝庫の隷属民〟。この事をネタに、市の参与会はもちろんのこと、バリエラン大公やワルツブルック大司教もニャンバルク城伯領の割譲を皇帝陛下に進言してくるかもしれません。いや、弟君のパードラシュ公とて城伯位の簒奪を狙ってくる可能性も……」
一見、罪なきエリアスの監禁を問題視しているかのように聞こえるが、シュトライガーの言葉の真意はそこではない……彼はこのニャンバルク城伯領と皇帝領自由都市ニャンバルク、そして、その周辺諸権力を巻き込んだ複雑な領土争いを念頭に懸念しているのだ。
「なに! 弟めが!? ブランデーバーグ辺境伯ばかりでは飽き足らず、ニャンバルク城伯までも我から奪う気か!? 許さん! そんなことはぜったい許さんぞ! シュトライガー、なんとかならんのか?」
一方、はじめは関心のなかった城伯ジョハンにおいても、なにかと対抗心を抱いて妬む優秀な弟の名前が出てくると、一転して俄かに慌て始める。
「一つ、良い手を思いつきました……エリアスは無許可で魔導書を利用していたということにいたしましょう。かの者の黄金変成も、じつは錬金術の奥義ではなく、魔導書で呼び出した悪魔の力による
危いこの状況を理解し、弟や
「なるほど。つまりは〝魔女狩り〟のようなものだな。違法に悪魔の力を使っているダーマ人を処罰したとなれば、むしろ世間からの称賛を受けるというもの。まさに一石二鳥の策だ」
「そればかりではございませぬ。無許可で不法所持している魔導書ということで、彼の家にある錬金術関連の書籍も押収いたしましょう。運が良ければ、その中に
悪巧みだけには頭が働き、すぐにその策略の意図を理解したジョハンに対して、シュトライガーはさらに美味しい話を付け加える。
「なんと! 一石二鳥どころか一石三鳥! 万が一、やつが口を割らぬ時の助けにもなるやもしれぬ」
「まあ、異端審判士が引き渡しを要求してくるでしょうが、その時には押収した書物の中で、どの本が魔導書に当たるのか現在調査中とでも言ってやり過ごせばよいかと。念のため、破戒僧の魔法修士でも金で雇っておきますかね」
予期せぬ不安要素から一転。この危機を脱するばかりか、むしろ野望実現に近づくシュトライガーの提案に、欲望に忠実なジョハンも興奮気味に前のめりだ。
当時、神聖イスカンドリア帝国を含むエウロパ世界のプロフェシア教国においては、「悪魔の力に頼る邪悪な書物」として禁書扱いにされ、教会や各国王権によって許可を与えられた者以外、その使用はおろか所持することすらも硬く禁じられていた。
もっとも、その立派なお題目に反して魔導書を専門に研究している〝魔法修士〟なる修道士が公然と存在しており、各種産業や戦争などで魔導書の魔術が利用されるのも今や当然のこと。その実、この禁書政策は教会と権力者が魔導書の力を独占するための、ただの方便にすぎなかったりするのであるが……。
「よし! さっそくゲットーの家に兵を差し向けよ! 関係ありそうなものは根こそぎ奪ってくるのだ!」
「ハッ。では、そのように……」
こうして、シュトライガーの立てた偽装作戦にジョハンも賛同し、二人はエリアスの蔵書を押収しに兵をゲットーへと向かわせた──。
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