Ⅴ 迫害の街(2)
「──すみませーん! 薬売りでーす! 殺鼠剤はいりませんかー! 他の薬もいくつかありますよー!」
ニャンバルクの市街地へ出たマリアンネは、勝ってくれそうな家々を周りながら、玄関先でそう声をかけてゆく。
無論、〝戒律の石板〟が描かれた腕章を着けてである。
「──あら、赤ずきんの薬売りさんとは珍しいわね。それじゃ、一袋もらおうかしら」
「あ、ありがとうございます!」
その腕章のためにダーマ人だとわかっても、気にせず親切に買ってくれるプロフェシア教徒もいる一方……。
「──ハン! ダーマ人なんかから買うもんはねえよ! とっとと失せやがれ!」
やはりダーマ人というだけで差別され、門前払いを食らうこともあれば……。
「──殺鼠剤ぃ〜? うちは間に合ってるよ。ネズミに食わせる薬なんか買う余裕ないんでね」
そもそも商品の問題として買ってくれないお客さんももちろんいる。
また、たとえ買ってくれたとしても……。
「──ほらよ。ダーマ人に触れると穢れるからな」
「うあっ…!」
支払いの代金を手渡さずに投げつけられたり……。
手渡してはくれたとしても。
「──あ、あのお、お代が足りないんですけどお……」
手にした銅貨一枚だけに彼女が控えめに申し出ると。
「ああん? ダーマ人ごときの商品ならそれで充分だろう。どうせあんまし効かねえんだろうしよ」
侮蔑するように睨みつけられ、逆に文句を言われてしまう。
「そんなことありません! パパの殺鼠剤はよく効くってどこでも大評判なんですから!」
「フン! どうだかな。ダーマ人のいうことなんか信用できっかよ。嫌なら別に買ってやらなくたっていいんだぜ? どうせダーマ人から買ってくれる客なんていねえだろう?」
父親のことまで悪く言われ、今度は強く抗議するも、ダーマ人であることをネタに足下を見られて買い叩かれてしまう。
さらには、マリアンネが一人で商いしているのをいいことに……。
「──へへへ…おじさん、殺鼠剤なんかよりもお嬢ちゃんが欲しいなあ……お嬢ちゃんなら高く買ってあげるよ?」
「ひぃっ……え、遠慮しときまぁーす!」
イヤらしい眼で彼女を見回しながら、舌舐めずりをするド変態エロオヤジに、恐怖を感じながら逃げ出すというようなことも……。
「──はあ……商売って大変だなあ……」
河辺の階段に座り、硬いパンとチーズでお昼にしたマリアンネは、キラキラと光る河面を眺めながらつくづくそう思う。
「パパ、いつもこんな思いをしてお金を稼いでくれてたんだあ……錬金術師としても立派だし、やっぱりパパってスゴイな……」
こうして独りで行商をしてみると、街の人々によるダーマ人への差別を改めて感じ、また、商売の厳しさにも直に触れたマリアンネは、ますます偉大な父親に対して尊敬の念を抱くこととなった。
「よし! わたしもパパみたいに立派な人間になれるよう頑張らなくっちゃ!」
そして、そんな憧れる父親に負けじと、午後も商売に精を出す決意を胸にした時。
「痛っ……」
どこからか飛んで来た小石がマリアンネの頭に当たった。
「痛たたた……あ、あなた達! こんなことしちゃ危ないでしょう! …って! 言ってる先からもう!」
頭巾のおかげで怪我は免れたが、頭を抑えながら辺りを探すと、目の前の河原にいた小さな男の子が二人、こちらへ小石を投げつけている。
「やーい! ダーマ人めー! はやくゲットーへかえれー!」
「ゲットーへかえれー!」
「痛っ…ちょ、ちょっとやめてったら……」
「こら! やめなさい! 何をやっているの!」
威力は弱いがぶつかる
「ダーマ人は皇帝陛下の持ち物なのよ! 無闇に傷つけたら捕まっちゃうわよ!」
「は〜い……」
どうやら子供達の母親らしく、眉間に皺を寄せ、腰に手を当てた彼女に怒られた子供達は、しょんぼりして河の方へと歩いて行ってしまう。
「あ、ありがとうございまし…」
「あなたもこんな所うろちょろしてないで、早くゲットーへ戻りなさい! 別に助けたわけじゃないわよ? ただ法を犯して罰せられたくないだけ。〝帝庫の隷属民〟でなかったら、わたしだって石を投げつけてやりたいくらいなんだから」
しかし、礼を言おうとしたマリアンネの口を遮り、彼女も虐げるような眼でマリアンネを睨みつけると、プイと顔を背けて子らの後を追って行ってしまう……。
「あんな小さな子まで……わたし達、なんにも悪いことなんかしてないのに……」
そうした親子の自分に見せた厳しい態度に、ダーマ人に対する差別がいかに根深いものなのかをマリアンネは悟り、また、生まれながらにして迫害を受ける民族としての過酷な運命を、これまで以上に再認識させられることとなった。
「……さてと。こんなことで落ち込んでたらパパに笑われちゃうな。午後も行商がんばろっと!」
だが、ダーマ人として生まれたからには、その運命を受け入れて生きていくしかない。
これまでも、そうして生きてきた同胞達や父親のことを思い、彼らに負けじと気を取り直したマリアンネは、お弁当の片付けを済ますと張り切ってまた立ち上がった──。
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