Ⅴ 迫害の街(1)

 エリアスがニャンバルク城に監禁されてから、すでに一週間と一日……。


「──お、お金がない……」


 食材を買いに行こうと、いつもお金を入れている皮袋を開いて見たマリアンネはそのことに気づいた。


 いつまでも帰らぬ父を、まだかまだかとじっと家で待つマリアンネであったが、その日暮らしのバルシュミーゲ家において、エリアスの稼ぎが一週間もなければすぐに干上がってしまう。


 ゲットーの仲間にお金を借りようにも、みんなカツカツでやっているのでそんな頼み事をするのも心苦しい。


「これはかやり深刻な事態だな……錬金術の作業ができないどころか、パパが帰ってくるまでに飢え死にしちゃうよ……」


 銅貨一枚入っていない皮袋を前に、マリアンネは腕を組んで悩ましげに考え込む。


「……よし! いい機会だし、わたしも自活しよう!」


 しばし悩んだ末、マリアンネは父親がしていたのを真似て、錬金術の応用で造った薬品類を売りに出てみることにした。


 何度か一緒について行ったことがあるので、なんとなくだがだいたいやり方はわかっている。


「でも、なんの薬を売るのが一番いいのかな?」


 だが、具体的に何を主力商品にするかで再び悩んでしまう。


 エリアスが造り置きしていた薬品は各種充分に残っているのだが、小柄なマリアンネでは持って行ける量に限りがあるのだ。


「火薬は……買う人限られるし、違う意味・・・・で危なそうだしな……正直、医療用のはあんましよくわかんないし……」


 火薬は猟師や裏社会の人間達など、それなりに需要はありそうであるが、大人のエリアスならばまだしも、少女のマリアンネでは何かとトラブルに巻き込まれそうだ。また、薬学の方は勉強してこなかったので、いざ、売ろうとなると詳しい効能まではわかっていなかったりする。


「うん。ここはやっぱり殺鼠剤さっそざいしかないね!」


 思案の末、たどり着いた答えは水銀を主原料にした殺鼠剤だった。


 ネズミの害にはどこの家庭も悩まされているし、現にゲットー内のお客さんには一番良く売れていたりする。


「パパ不在の間、バルシュミーゲ家の家計はわたしが守らなくっちゃ!」


 こうして、父の薬箱に持てるだけの殺鼠剤と多少の他の薬も詰め込んだマリアンネは、やる気満々にそれを背負い、ゲットーの外へと行商に向かった――。



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