Ⅳ 待ちぼうけの娘(2)
「あのう、すみません……」
「ああん? なんだ? ダーマ人の小娘がなんの用だ?」
モリオン(※つば付きの帽子型兜)と胸甲で武装し、ハルバート(コメディ槍・斧・槌が一体となった武器)を持ったその衛兵は、彼女の腕章を見るとあからさまに嫌そうな顔をして尋ね返す。
「えっと……三日前にエリアス・バルシュミーゲという錬金術師がこちらに参ったと思うのですが、まだ城内に留まっているんでしょうか?」
「錬金術師? ああ、あいつか。あいつなら…」
それでもマリアンネの質問に思い当たる節があったらしく、すぐさま答えようとする衛兵であったが。
「おい。ダーマ人は皇帝陛下の所有物だ。バレたら問題になりかねんから、余計なこと喋るなと言われてるだろ」
もう一人いた門番がそれを遮ると、マリアンネには聞こえないよう、小さな声でなにやら同僚に注意をしている。
「俺に任せとけ……お嬢ちゃん。その錬金術師とはどういう関係かな?」
そして、貼り付けたようなわざとらしい笑みをその顔に浮かべると、不気味なほどに優しげな言葉遣いでまたも訊き返してきた。
「わたしのパパなんです! その日の内に帰ってくるはずだったのに、三日経ってもなんの連絡もなくて……」
「ああ、あの錬金術師の先生の娘さんか。先生なら城伯さまに錬金術のご指導をなさっていてな。それで家に帰れなかったんだよ。まあ、もうしばらくはかかるだろうな」
何か知っているらしいとわかり、必死に訴えるマリアンネに対して、衛兵はとって付けたようにそんな答えを返す。
「そうなんですね! ハァ……よかったあ……なんの連絡もくれないんでてっきりどうかしちゃったのかと……あの、パパに会うことってできますか? まだしばらくかかるんでしたら、その間のことも相談しておきたいし」
最悪、何か無礼があって手打ちにでもされただとか、悪い想像ばかりをしていたマリアンネは、とりあえず無事であることを知って安堵の溜息を吐くと、父との面会を衛兵達に申し出る。
「……い、いや。大きな声では言えないが、城伯さまはたいそう気難しいお方でな。お勉強の邪魔をして、気分を損ねたらどんな雷が落ちることか。パパが怒られて、罪に問われるようなことになったらお嬢ちゃんも困るだろう?」
だが、衛兵は一瞬、表情を強張らせた後、言い訳でもするかのようにそうマリアンネを諭す。
「それはまあ、そうですけど……あの、お時間はとらせないんで、一目だけでもダメですか?」
そう言われてしまっては強く出られないマリアンネであるが、それでもやはり、父が無事である姿を見てちゃんと安心がしたい。
「お嬢ちゃん、ワガママはいけないな。そうでなくても君達はダーマ人だ。いくら〝帝庫の隷属民〟でも落ち度があれば、我々プロフェシア教徒とは扱い方が違う……この意味はお嬢ちゃんでもわかるね?」
しかし、衛兵はそれすらも拒むと、意味深な発言をして彼女に脅しをかけてくる。その表情は柔和なままであるものの、眼はぜんぜん笑ってはいない。
「さあ、わかったらお家に帰っておとなしく待ってるんだ。もうしばらくすれば、お父さんも戻ってくるだろう」
「わかりました……それじゃあ、パパのこと、よろしくお願いします」
衛兵のこの様子……これ以上我を通しては、ほんとに父に迷惑をかけてしまうかもしれない。
「パパ、どうか無事に帰って来てね……」
なんだか納得のいかないところもあったものの、むしろ父を危険に晒す可能性を考慮すると、マリアンネは古城の高い城壁を見上げ、名残惜しそうにその場を後にした。
「……おい、あんなこと言っちまっていいのかよ? あの錬金術師、城伯さまが解放するわけねえだろう?」
とぼとぼと丘を下りて行くマリアンネを見送った後、ずっと黙っていた方の衛兵が再び口を開いて同僚に尋ねる。
「なあに。城伯さまのあの
対してもう一人の衛兵はいやらしい笑みに口元を歪めると、この哀れなダーマ人親子を嘲笑うかのようにそう呟いた──。
「──うぐぁっ! ……ひあぁっ……!」
薄暗い闇を満たすジメジメとした空気の中に、おぞましい男の悲鳴が響き渡る……。
マリアンネが見上げた高い石造りの城壁の中、その城の地下牢では、その時にもエリアスが過酷な拷問を受けていた。
「なかなかにしぶといやつだな。そんなに黄金変成の秘密を独り占めにしたいのか? さあ、早く吐いて楽になれ!」
「……ぐあっ! ……うぐぅ……!」
上半身裸で両手を鎖で吊るされたエリアスに、城伯ジョハンは鞭を容赦なく振り下し、真の
鞭打たれる彼の背中は幾筋も皮膚が裂けて血が吹き出し、青痣だらけのその顔も膨れ上がって変形してしまっている。
「……ほ、ほんとに私は……お、お見せした……錬成…以上の……ものは……」
だが、いくら痛めつけられてもエリアスは答えることができない……本当に、真の黄金変成を可能とする
「まだ言うか。なあ、エリアスとやら。我もこんなことはしたくないのだ。なのに、貴様が正直に語ってくれないからこのように厳しい態度をとらねばならぬ……」
しかし、これほど嘘偽りないと訴えているにも関わらず、欲に塗れたジョハンの誤解はいつまで経っても解ける様子を見せない。
「さあ、これでも嘘を突き通せるかな?」
その言葉とは裏腹に、狂気の笑みを浮かべたジョハンは壁際まで歩み寄ると、そこに設けられた炉の中から真っ赤に焼けた火搔き棒を取り出し、その先端を躊躇いもせずにエリアスの脇腹へと押し当てる。
「うぎぁああああああーっ…!」
瞬間、ジュっと肉の焼ける音とともに、またもエリアスの絶叫が、地下牢の冷たい石壁に反響して木霊した──。
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