Ⅳ 待ちぼうけの娘(1)
「おかしい……どう考えたっておかしいよ……」
あれから三日、ニャンバルク城に行ったエリアスはいまだに家には帰っていなかった。
三日前、夜になっても戻らないエリアスに、ゲットーの入口でマリアンネが待っていると……。
「どうしたのじゃ? この暗い中をそんなところで」
偶然通りかかった長老ヤーフェルが、彼女に目を留めて話しかけてきた。
「長老さま! それが、パパがまだ帰って来ないんです。もしかして、何かあったんじゃ……」
「なあに、考えすぎじゃよ。城伯に呼び止められて、黄金変成を見せた褒美にご馳走でも振る舞われておるんじゃろうて。きっと朝には二日酔いで帰ってくるわい」
不安げな面持ちで答えるマリアンネだったが、ヤーフェルは考えすぎだと言って笑って答える。
「そうならいいんですけど……パパがこんなに遅くまで戻らないなんてこと、今まで一度もなかったんで……」
長老の言葉にとりあえずは納得してみせるマリアンネではあったが、やはり不安は拭いきれなかった。
そして、それからさらに二日が経ったにも関わらず、やはりエリアスは帰っていない。
「城伯さまの所へ行ってみよう……」
父にしてみればあり得ないその行動に、マリアンネは意を決すると、ニャンバルク城まで尋ねて行ってみることにする。
「あら、マリアンネちゃん、お買い物?」
ダーマ人を示す〝戒律の石板〟の腕章を二の腕に着け、家を出ようとする彼女の姿にとなりのおばさんが声をかける。
「ううん。パパがまだお城から帰らないから、ちょっと様子を見に行こうかと」
「まあ、まだ帰ってないの? よっぽど城伯さまに気に入られたのかしらね」
おばさんも前向きに捉えたことを言ってくれるが、やはりマリアンネとしてはそんないいようには思えない。
「外にはいろいろあるし、気をつけてね」
「うん。ありがとう。じゃ、行ってくるね」
そうしておばさんに見送られ、浮かない顔でゲットーを後にしたマリアンネは、ニャンバルク市街の道を丘の上の城へと向かう……。
「そういえば、こんなとこまで来たの初めてだな」
自分の住む街といえど、日々の暮らしに必要なことはほとんどがゲットー内のダーマ人コミュニティで済んでしまうため、独りだけでここまで出歩くのは初体験だったりする。
無論、ゲットーから出たことがないわけではないが、その時は父親が一緒だったり、もっと近場だったりしたのだ。
ニャンバルクの街は、白壁に木の骨組みが剥き出しとなったガルマーナ特有の建物が全域に渡って立ち並び、なんとも美しい都会の風景を作り出している……四方を壁に囲まれ、狭い路地に朽ちかけた古い家ばかりのゲットー内よりも、明らかに広く明るい世界に感じる。
それに、さすがは商都だけあって往来は人々に溢れ、客引きや値段交渉の声に溢れる雑踏はなんとも賑やかだ。
……しかし、そんな明るく美しい外の世界でも、ダーマ人のマリアンネにとっては暗く狭い壁の中の方がまだ居心地が良かったりもする。
「…………」
道中、すれ違うプロフェシア教徒の市民達は、彼女の腕章を目にすると侮蔑するような冷たい視線を向けてくる。
なんでダーマ人がこんなとこにいるんだよ? ……そう言っているかのような悪意に満ちた眼だ。
まあ、それ自体は初めてではないし、もう慣れっこではあったりするのだが、やはり気持ちの良いものではない。
「やっぱり、なんか怖いな……」
〝帝庫の隷属民〟として皇帝の庇護下にあるため、差別はされてもそうそう何かされるわけでもないのだが、やはりゲットーの外は敵地を歩いているような気がして常に危険を感じる。
それでも恐怖に堪えながら街中を抜け、坂道も頑張って登りきると、彼女の目の前には巨大な石造りの城門がそびえ立つ。
「ふぇ〜……初めてこんな近くで見たけど、やっぱお城ってスゴイんだね……て、それどころじゃなかったな……」
その立派さに一瞬圧倒されるマリアンネであったが、すぐにここへ来た目的を思い出すと、門番に立つ衛兵に近寄って行って声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます