Ⅱ 秘儀の巨人(2)
「──パパ! わたしもいろいろ勉強したいからお仕事手伝わせて!」
彼女がドアを開けて室内へ足を踏み入れると、いつになくエプロン姿をした父エリアスは、
「ええ? ほんとに錬金術師になるつもりかい? まあ、仕事手伝ってくれるのはうれしいんだけど、おまえには母さんのような普通のダーマ人女性になってもらいたいんだけどなあ……」
「あら、古代には女の錬金術師もいっぱいいたし、錬成道具のほとんどは台所用具からの発明よ? ……ていうか、パパ。それ、何やってんの?」
娘の声に粘土を塗り込めていた手を止め、なんとも言えない渋い表情を見せる父エリアスであったが、そんな父の言葉に反論すると、俄然、その巨大な土人形が気になってマリアンネは再度尋ねる。
「……ん? ああ、これか? これは〝ゴーレム〟。かつて、偉大なる長老ラーフが造ったという、我らダーマの民を護ってくれる頼もしき
すると、エリアスは視線を土人形の方へと移し、頭が天井につくほどのそれを自慢げに見上げながら、そう言って説明を始めた。
「皇帝領であるここニャンバルクはまだ安全な方だが、我らダーマの民はいつプロフェシア教徒の迫害を受けてもおかしくはない
「最強の守護者……って、粘土でできた大きなお人形にしかみえないんだけど……これ、動くの? 錬金術の本にあった〝ホムンクルス〟と同じもの?」
父の言葉にマリアンネも見上げてみるが、どうみても動きそうもないそれに彼女は質問を重ねる。
「まあ、〝人の造りし人間〟という意味においては同じものともいえるが、その造り方は大きく異なる。〝ホムンクルス〟が錬金術の理論の応用なのに対し、この〝ゴーレム〟はダーマ教神秘主義の秘術〝カバラ〟を用い、神聖な文字と数字の力で命を吹き込むものなんだ」
「神聖な文字と数字の力……ねえ」
カバラ……難しくてさっぱり理解はできなかったが、父の蔵書の中にそれ関連の本もあり、マリアンネもその秘術のことはなんとなく知っている。
だが、そう言われて改めて眺めてみるも、やはりただの土の塊にしか見えない。
「ハハハ…今はまだカバラの秘術を施していないからね。身体ができたら各部に神聖文字と数字を刻み込み、カバラの呪文を唱えながら周囲を廻る……そして、最後にこの護符を額に嵌め込めば、このゴーレムに魂が宿る」
訝しげな娘の表情を察してか、そう説明を加えて笑うエリアスは、手のひらに収まるほどの粘土板プレートをマリアンネの方へと差し出した。
そこには、「
「私はこのゴーレムを〝ゴリアテ〟と名付けようと思う。我らダーマの英雄王ヅァウィードが闘ったという伝説の巨人兵の名だ」
「ふーん。ゴリアテちゃんかあ……」
父の説明を聞きながら、まだ人型も未完成なその土の塊を、マリアンネはやはり怪訝な顔でしばし見つめた──。
しかし、粘土と膠を混ぜ合わせた頑強な身体が完成し、カバラの秘術を施して「
いや、動くどころかまさに本物の人間同様に、父の命令に従って歩き回ったのだ。
しかも、試しに薪割りをさせてみると拳の一撃で太い丸太を木っ端微塵に粉砕し、石をいっぱいに載せた荷車も軽々と頭上まで持ち上げるほどの怪力の持ち主でもあった。
ところが、そうしてちゃんと動くことを確認した後……。
「──ゴリアテは予想していた以上に優秀なゴーレムとしてできあがった……が、その強大な力は相応の危険と背中合わせでもある……もしゴリアテが暴走した場合、それを止める術を我々は持ち合わせていないのだからな。ゆえに、万が一の危険が迫った時以外は眠らせておくべきだろう……」
そう語ったエリアスは部屋の隅にゴリアテを跪かせ、額から「
また、その動作確認には広い場所を必要とするため、人目を気にして深夜に屋外で行ったのであるが、それにも関わらず幾人かに目撃されてしまい、「怪物が出た!」とけっこうな騒ぎになったことも父のその判断に影響を与えている。
「──そうだよね。こんなすごいゴリアテちゃんを造ったパパだもん。いつかきっと、必ず
今は動かぬ土人形を見つめながら、自身も参加したゴーレムの機動実験のことを思い出し、マリアンネは改めて父の成功を確信する。
「……あ! そいだ!
だが、いろいろと物思いに耽っている内に
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