Ⅱ 秘儀の巨人(1)

「──なるほどお……賢者の石エリクシアを生み出すには硫黄と水銀の結合を促進させる〝塩〟なんかの触媒が必要とされてるけど、パパはその触媒を火薬の爆発力で代用しようとしたってわけだね」


 父エリアスが出かけた後、錬成所ラボラトリウムで炉に火を入れて 煆焼かしょうの作業を行っていたマリアンネは、待ち時間に父の蔵書を書棚から取り出し、独学で錬金術の勉強をしていた。


 煆焼かしょうというのは、賢者の石エリクシアの原料となる理想的な硫黄や水銀を得るために、物質を燃焼させ、微粉状態にするとともに酸化させる作業のことである。


 ただし、ここでいう〝硫黄〟と〝水銀〟とはそれそのものをいうのではなく、象徴的な意味合いにおいてのそれである。


 錬金術の理論によると、原初の存在〝第一質量プリマ・マテリア〟に熱・冷・乾・湿という四つの性質が組み合わさることで地・水・火・風という〝四大元素〟が生まれ、この四大原素の割合によってすべての物質ができているとされる。


 また、その結合を促す触媒が第五元素プネウマだ。


 この理論に基づけば、「熱・冷」、「乾・湿」という相対する性質の最たるものが硫黄と水銀であり、つまり、すべての物質はこの二つによってできているため、究極にまで精錬されたこれを結合させることで最も純粋な金属〝黄金〟が生まれ、さらにその中から四大元素を純粋な状態=〝黄金〟に結合させる第五元素プネウマ──〝賢者の石エリクシア〟をも得られると考えているわけなのであるが、もしもそうであるならば、本物のそれ以外のものからでも硫黄と水銀は取り出せるはずだ。

 

 なので、錬金術師達は他の鉱物はもちろんのこと、タマネギや生姜などの植物、牛やカモシカ狐なんかの動物、果ては血液、骨、尿などの有機物に至るまで、ありとあらゆるものを材料として用いており、貧しいバルシュミーゲ家のマリアンネも、現在、そこら辺で拾った石ころを 煆焼かしょう処理して、理想的な硫黄を得ようとしていたりする。


「でも、やっぱ火薬だと爆発に炉が耐えられないよねぇ……いったい、何を使えば第五元素プネウマになるんだろう……」


 錬金術書を机に置き、石ころを 煆焼かしょうする炉の炎を見つめながら、マリアンネは肘をついて思案する。


 そう……マリアンネも父の跡を継ぎ、将来は錬金術師になろうと心に決めており、そのためにこうして日々仕事の手伝いをしながら、自分一人でも専門書を読んで、その知識を深めようとしているのである。


「でも、あんなにすごい錬金術師のパパですら、いまだに成功してないんだしなぁ……ほんとに〝賢者の石エリクシア〟なんて造れるのかな?」


 そんな疑念にかられたマリアンネは、振り返ると部屋の隅に立つ、父の成した功績の一つへと視線を向ける。


 そこには、天井につくほどの巨大な物体が埃よけの布を被されて置かれている。


「これを造れたパパの技術を以ってしても、ずっと錬成は失敗続きなんだもんねえ……」


 椅子から立ち上がり、そちらへと歩み寄ったマリアンネは、その布を引っ張って剥ぎ取ると、下に隠されていたものをまじまじと見上げる。


 それは、ゆうに人の三倍はあろうかという巨体を誇る、全身が陶器のような質感を持った大きな土製の人形だった……筋肉隆々の、太古の時代のレスラーが如き外見をしたその土の巨人が、片膝を突いた状態で部屋の隅にうずくまっているのだ。


 正確には聖別された粘土とにかわを材料として造られているそれは、〝ゴーレム〟と呼ばれるダーマ教神秘主義が生み出した人造人間である。


 それは一年ほど前、いつものようにマリアンネが錬成所ラボラトリウムの父を訪ねた時のこと──。

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