はんせいにっき

小鳥 遊

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 高校から自宅までは徒歩10分という幼馴染の家に、昔から随分とお世話になっている。今日も隣にいる幼馴染が玄関を開けるのを待つ。でもいつになくあたしは緊張していた。


 小学生の頃から既に告白チャレンジ55回目の今日、絶対に想いを伝えるって覚悟を決めてきた。今までだって友達としての好きは伝えていたけれど、最近たまに告白されたりクラスメイトも未遥みはるのこと好きらしいとか噂を聞く。


 張本人の未遥ではなくあたしが誘惑の多い日常に耐えきれなくなって、告白をしようと決心をした。未遥の恋人はあたしがいい。


 先日ついに教室で、『あたしの方が未遥のことわかってるし!好きだから!』と啖呵たんかを切るように告白まがいのことを言ってしまった。


しかし未遥に告白するなら幼馴染あたしを倒してから行け!と捉えられてしまい、以前より告白が増えた。更には恋人査定も追加されてしまう。


 未遥の環境の変化に焚き付けられたことに加えてテスト週間である今週は、普段より帰りが早いからふたりきりになる確率が高い。


 もうここしかないと思った。未遥の家でテスト勉強しようと提案したはいいけれど、テスト勉強よりも告白のことで頭がいっぱいになっている。


「ただいまです!」

「ただいま」


 靴を揃えて手洗いとうがいをしたあと、幼馴染の未遥に我慢していた不満を吐き出す。本当は気を紛らわすための口実でしかない。


未遥みはる、リモコン!!!」

「ご自由に」


 使っていいよのサインが出たから洗面所からリビングへ向かい、ダイニングテーブルの上に綺麗に並べられているリモコン類を目で探す。


 そして右から2番目をサッと掴みエアコンの方へ向けるとすぐに電源が入った音がした。するとほぼ同時のタイミングで未遥がリビングに来てスマホの画面を見せながら「紗知さち……」と呼ぶ。


「アプリでやれば良かった」


「言ってよーーー!!!」


 叫んだことにより部屋の温度が2度くらい上がった気がした。時は令和、エアコンもアプリで遠隔操作出来る時代だった。


 共働きで帰りの遅い両親にかわり、幼馴染のよしみで未遥ママが「いつでもおいでね」と優しく言ってくれたのをいいことに、数年間入り浸り状態が続いている。もはや未遥ママはあたしにとって第二のママと言っても過言ではない。


 リビングのクーラーが効き始めた頃、また「さちーー」と名前を呼ばれる。


「テレビ横のダンボールの中、いつもみたいに洋服入ってるから、着たいものとかあったら持って行って」


 そう告げた未遥はソファーに体を預けお昼にやっている料理番組に釘付けになっていた。


 一方あたしはエアコンの電源を入れてから電池が切れたようにテーブルに突っ伏して涼風を浴びている。少し間を置いて返事をした。


 未遥は普段から断捨離をよくしていて、整理するためにあたしに洋服をくれる。通販でたまに買うくらいで似たような服を着回しているあたしとは大違い。今回もありがたく頂戴する。


「今日は2つある…。まとめられないか開けて確認しておこうかな」

 

 顔を上げてダンボールの場所を確認し未遥に声をかける。


「番組が終わったら部屋行こっか」

「………おっけーい」


 少し遅れてなんとも動く気のなさそうな声が返ってくる。ジーっとテレビにかじりついている姿を見ながら「自分は料理しないけど、誰かが料理をしている姿を見るのが好き」と前に言っていたことを思い出す。


「ねむ…」


 大きなあくびをしたあと目をこする仕草をしている未遥をしばらく見つめてからテレビに視線を戻す。しかしすぐに後悔の念があたしを襲う。


「あっち行けば良かったかも」


 そうしたら未遥が肩に寄りかかってきたり膝枕をすることもあったかもしれない。ぜんぶ部屋が暑かったのが悪い!と部屋に悪態をつきながらしばらくの間、一人で悶々としていた。


 ***


【先生、来週の献立は…】


 テレビから次週のことを尋ねるアナウンサーの声が聞こえる。結局あたしも一緒になってエンディングまで見てしまった。ぐーっと天井に向かって両手を上げて体を伸ばす。


 チラリとソファーへ視線をうつすと未遥はクッションを抱きながら眠ってしまっていた。


「あれだけ真剣に見てたくせに…」


 ソファーに近寄りほっぺをツンツンしてみたり鼻を触ってみる。けれど起きる気配はなかった。


「なんでこんな無防備かな…」


 今度は隣に座って傾きかけている未遥の体を起こし、未遥のサラリとした黒髪を自分の指に絡ませて遊んでいると、うっとうしそうに眉間にシワが寄る。


「可愛いなぁ…。ねぇ、少しならいい…?」


 起きない未遥の頬に手を添えて、少しの間その姿を見つめる。浮かんできた感情を誤魔化すように少し乱暴に頭を撫でてソファーから静かに離れ、エアコンの温度を1℃下げる。未遥が寝ててくれて良かったと心底ホッとした。


「あ!勉強しなくちゃ!!!」


 思い出したかのように参考書を開いてノートに問題を書いていく。しかし自分が未遥に何をしようとしていたのかを想像してしまい集中なんてこれっぽっちも出来なかった。


 ***


 【起こすと悪いから未遥の部屋で静かにしてるね】とメッセージを送ってから、2つのうちの右に置いてあった大きめのダンボールを抱えて部屋へ戻る。


 「さて、どんな洋服が入ってるかな〜」


 よいしょ、とテーブルに置いて両手をブラブラとさせる。今回は結構重く感じる。どれほどの洋服が入っているのかワクワクしながらダンボールの封を開けていく。


 蓋を開けたままにしておくのが気になると言っていつもダンボールには封がしてあり、あたしが中身を確認してまた封をする。2人の共同作業みたいと密かに嬉しくなっている。


 しかし中身が見えたとき頭の中は?でいっぱいになった。なぜならノートがすべて表紙が見えないように裏返しにして積み重なっていたから。数冊だけひっくり返すと、中学から高校まで使用していたノート類が積み重なって束になっていた。


 使い古したものを整理して捨てるという昔から勉強熱心の未遥らしい行動が垣間見える。この綺麗に重ねてあるノートと清潔感が行き届いた部屋を見渡して、正反対な自分の部屋を思い出して肩を落とした。


「もしかしてここに何か秘密が隠されていたりする?」


 宝探しをしている子どものような気分で、ふと高校時代の未遥のノートはどんな風に書いていたか覗きたい衝動に駆られる。


 幼馴染とはいえ他人のプライベートに踏み込んではいけない。これ以上は…。


 頭の中で天使が囁くが、もう答えは決まっていた。


 ───·····


 一番上に置かれていたノートと手にとってページをめくってみると綺麗な字で板書がまとめられている。簡単なイラスト付きのメモも書いてあってとてもわかりやすい内容だった。


「あ、落書きしてる」

「おー、ふにゃふにゃした文字してる!絶対寝てたな」



 ノートは表紙に西暦と日付が書いてありいつの時のものなのかすぐにわかるようになっている。未遥の真面目な性格が現れていた。


 ダンボールの中にあった大量のノートは徐々にあたしの横に積み重なり、ダンボールの中は最後の1冊になっていた。随分と前のものらしく全体的に色褪いろあせている。


「あれ?これだけ表紙に何も書いてない」


 緊張しながら表紙をめくる。律儀にも日記の決まりごとが書かれていた。まずひらがなでひとこと。そのあと付け足したのか漢字のものもある。


『のおとにかくこと!!』


【いちにちのたのしかったこと】


 ────────────────


【①寝る前に一人反省会を

 しないために1日あったことを書くこと】


【②素直な気持ちをそのまま書くこと】


【③紗知には絶対知られないこと】


 ③は特に重要なのかマーカーで線まで引いてある。下まで読むとこの日記には名前が付いていることがわかった。


「はんせいにっき…反省日記!」


 ネーミングセンスも可愛すぎる。すべて平仮名なのも幼い雰囲気が出ていて好きだ。最初のページは約束事で埋まっていたので何も書いておらず次のページをめくる。


【てつぼうたのしかった】

【どろだんごうまくできた】

【げきのれんしゅうやだな】

【おひるねたくさんした】

 ︙

【ともだちがふえた。さちっていってた】

【めろんぱんすき】

 ︙

【紗知って書くんだって。素敵。】

【小テスト、予習したからカンペキ】

【紗知が他の子と楽しそう】

【わたしのことも構え。ばかさち】

【あーんってしてた。ずるい】

【手ぐらい繋げるし!】

 ︙


 学年が上がるにつれてひらがなだらけの文章から漢字が増えてきて、目につくものはあたしとの出来事ばかり。隠したかったのはこれだったのか。部屋を見渡すとそこらじゅうにノートが散らばっていて、見つかる前に片付けないと色々とまずい。


「めっちゃかわいいとこある!す、」


 き!と言いかけたところだった。ダダダダッと階段をかけ上がる音がして片付ける間もなく、バンッと勢いよく扉が開く。


「持って行ったの違う箱なんだけど!!」


「聞こえた?!?」


 あたし達はほぼ同時に叫んでいた。


「なか…みた?」


 未遥は恐る恐る尋ねる。あたしが読んでいた日記の表紙を見て、みるみる青ざめていく未遥の顔。まずは謝罪を…と頭ではわかっていたのに咄嗟に口から出たのは本人の許可なしに最低なことをしたことではなく、突拍子もない言葉。



「あ…あの日出来なかったこと、しよう」


【はんせいにっき】をまるで人質のようにして未遥に突きつける。そこにはあたしとしたいことがたくさん書いてあって、あたしもそうだったんだよって伝えたくなった。未遥に自分の気持ちも知って欲しい。


 あたしにとって未遥は好きの類なのだ。幼馴染だけで満足するものか。


 いまこの窮地で、未遥は自分と同じ気持ちかもしれないという淡い期待と少しの下心があたしを動かしている。自分の気持ちを伝えるために日記には犠牲になってもらう。


「……好きなの。未遥のこと」

「何、言って……」


 スっと立ち上がり未遥へ近づく。顔をじっと見つめて未遥の右手をとり自分の右手と合わせる。2人は互いの鼻がぶつかってしまいそうなほど近い。ゆっくりと指を絡めていく。


とこんな手の繋ぎ方しない」


 未遥の指が微かに震えた。顔を逸らそうとするのを左手で制する。繋いでいる右手には汗が滲む。


「つぎ、口、開けて?」


 恥ずかしがっている割には素直に聞いてくれていて、小さく口を開けて目をつぶっている。


「………」


 その様子を、ジーッと眺めてしまう。いや、何かエロいな?とか思っていない。確かスカートのポケットに飴があったはず。そっと口へ近づけていく。


「さち…?なっ、ばかぁ!!」

 いきなりバシッと左手が飛んできて、わけも分からず反射的に反抗する。


「いったぁ!何?!」


「顔、近い……」

 真っ赤になった口元を隠そうとする仕草すらも可愛くてあたしの心臓はキュンキュンしている。手じゃなくて顔を近づけていたのか…。無意識って恐ろしい。


「キス、されるかと思った…」

「…いいの?」


 飴をあげるだけのつもりだったのに、目をギュッとつぶりながら消えそうな声で伝えてくるから頑張って余裕ぶっていたが理性は崩れようとしていた。


「未遥?みー?みーちゃん?」


 理性を保つためにとりあえず色んなあだ名で呼んでみる。コホンと咳払いをして改めて伝えようと未遥の目を見つめた。


「未遥がすき。あたしと…」

 付き合ってほしい。伝えようとしたけれどその先は続けられなかった。


 未遥の唇が一瞬だけ触れたから。


「わたしも紗知のことが好き」


「だから、その…彼女になって」


「あたしがそれ、言おうと、思って……」


 告白しようと思っていたのに、突然のことに上手く言葉が出ない。照れた顔を覆う未遥に泣きながら思いっきり抱きついた。


 ───·····


 涙も落ち着いた今は、2人で部屋の片付けをしながら未遥にお叱りをくらっていた。


「持っていくなら確認ちゃんと取って」

「う…。ごめんなさい…」

「怒りよりも羞恥心の方が勝ってたけど」

「もう絶対しない…ほんとに。」


 しゅんとしていると未遥が近寄ってきて、おでこをコツンと合わせてくる。近すぎる距離にドキドキしていると頭をわしゃわしゃと撫でられる。


「キスはしないよ?さっきのお返し」


 未遥はいたずらに笑う。ソファーであたしがしたことに気づいていたことを知り、一気に頬が赤くなる。いや、未遂なので!してませんから!


「みはるのばかぁ!!」


 ***


 その晩、あたしは未遥の真似をして日記アプリをインストールしていた。その日記にはタイトルが付けられる仕様になっていた。


「タイトルは…」


 事実を確かめるように一文字ずつフリック入力していく。


【幼なじみが彼女になった】


「事実が心臓に悪すぎる!!」


 ベッドの上で足をバタバタさせながら、恥ずかしさでスマホを投げそうになる。


「もっと他の!」


 試行錯誤しながら書いては消してを繰り返す。この日記は今はあたしだけの特別なものだけど、いつか未遥にだけは見せる日が来るのかもしれない。もちろんその時は堂々と見せびらかすと決めている。


 さっきのタイトルを消して新しく書き直す。


【溺愛日記】


「恥ずかしくなったら変えればいいし」


 ルールはひとつだけ。何でもないことも全部書くこと。未遥とのことをたくさん書いて、いつか本人に自慢するんだ。


 あたしの彼女みはる、可愛いでしょ?って。

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