晴れやかな宴の晩餐
「すまぬ、少々取り乱した」
あぐらをかき、片膝を立て、動揺のあまり医者から止められているお酒を流し込みながら平静を装う、久しぶりに好みの男だったので我を忘れてしまった
「い、いえ……こちらこそ盗み見るような失礼な真似をしてしまって申し訳ありませんでした……」
対して、そんな私から少し離れた場所で行儀よく正座をして落ち着かなそうにしている男。
見た目から考えて16か15といった所か、私よりも5歳ほど歳下な彼はえらく美形で、なかなかの逸材であった。
気性の穏やかさを思わせるかのような顔立ち、男にしては平均的な身長、手首や肩、腕や足にいい筋肉がついており、何か力仕事をしている事が伺える。
全体的な評価は今のところ高めだ。
「それはよいのだが、私にいったい何の用だね」
「……あ、そうそう、そうでした」
私の言葉に彼は、ぽん、と思い出したように膝を叩き、それまであった気まずそうな空気と一転して丁寧な口調で話し始めた。
「実はそろそろお夕飯の時間なんですけれど、食べられないものなどが無いかどうか確認にやって参ったのです」
夕飯という言葉には反応せざるを得ない、なにせこの所くたにしたものと言えば具材の無い握り飯ばかり、私もいい加減飽き飽きしていた頃だった。
「好き嫌いはせん、なんだって食べる」
「わあ、それは素晴らしいですね!」
ぱぁっと顔を輝かせて喜ぶ少年。
その姿はあまりにも眩しくて、つい目を瞑ってしまいそうな程であった。 彼ほどの美少年ならばきっと村の女共からの支持がさぞ厚い事であろうな。
「えと食事なんですけど、本来なら村のみんなで一箇所に集まって摂るんです、村長の取り決めで。
ですが旅人様はお怪我をなされて動くのが辛いと思うので、ここにお運びしようかと思っていたのですが……」
彼が心配しているのは疎外感、たったひとりで隔離されたかのようにご飯を食べるということについて、私が気分を損ねやしないかと気にしている。
確かに動くのは辛い、薬が効いているとは言え傷がすぐに癒えるわけでもなし、ただ黙って座っているだけでも痛みはある。
しかし、せっかくの彼らを間近で探る好機を逃す手はない、私はこの村に遊びに来た訳では無いのだから、ここは多少辛くとも頑張らねばならぬ。
「申し出は嬉しいが私ならば平気だ。 旅続きで人と触れ合う事が少ないゆえ、ここで寂しく食事というのは忍びない、私も是非行かせてもらうよ」
さも問題は無いかのように取り繕ってそういう私に、彼はとても驚いたような顔をして、その後で瞳をキラキラと輝かせてこう言った。
「旅人様はお強いですね……!」
「なははぁ、左様左様。 強くもなければ女の身一つで長旅など出来はしまいて、この程度何ともないわ」
好みの顔と年齢の男に褒められてすっかり気をよくした私は、彼にいい所を見せようと強がってしまう、『私にもまだこの様にはしゃぐ人間性が残っておったのだな』と、感慨深く思う部分もあった。
「でしたら早速ご案内致します、皆さん既に集まって準備を進めていると思うのですぐにご馳走にありつけますよ!ナグゥおばあちゃんの料理は絶品です!」
そう言って、彼は兎が跳ねるように立ち上がると、玄関にとたとたと走っていき私の事を待った。
私は立ち上がろうとして傍に置いてある荷物をここに置いていくかで一瞬迷い、`余計な騒ぎのきっかけになるやもしれない`と考えて全て持っていくことにした。
刀を腰に括って風呂敷を背負い、笠を片手に持って立ち上がる。 彼は私のそんな様子を不思議そうな顔で眺めていたが、特に言及はされなかった。
武装していることについて何か触れられることを覚悟していたのだが拍子抜けだ、私は何となく違和感を覚えながら玄関へ向かって歩いていった。
「あ、本当に歩けちゃうんですね」
「介護が必要だとでも思ったかね」
ふふん、と得意げに笑って見せる。
彼はそんな私のことを尊敬の籠った眼差しで見上げていた、若人から向けられる好意的な視線は健康によい、どんな怪我でも瞬く間に完治しそうだ。
私はふと気になってこう尋ねた。
「そういえばお主、名はなんという?」
「僕ですか?僕でしたら——」
彼はクルッと振り向いて、とてもいい笑顔でこう言った。
「僕の名前はルディク=アーシェス。 ええ、お気付きの通りシド村長ご自慢のひとり息子なんですよ!」
「息子……」
あの者に子供がいることなど、私は誰からも聞かされていなかった……。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
——夕食。
振る舞われた食事はとても豪華で、小さな村にしては随分と良い生活をしているようであった。
酒も肉も魚も沢山あり、村人が飢えに苦しんでいる気配も、陰湿な虐めが横行している気配もない。
私に対する視線こそ、既知の仲の者に向けるそれとは違ってはいるものの、特別敵意を向けられたり警戒されたりすることは無く、むしろ皆すすんで私に話しかけてくるほどであった。
「いい生地の着物ねえ、どこで仕立てたので?」
「姉ちゃん、腕の筋肉すごいな!男顔負けだ!」
「貴女……!安静にと言いつけておいたのに!」
「旅人様は何がお好きで?取り分けて差しあげます」
など、
村はちょっとしたお祭り騒ぎだった、聞けば毎晩このような盛り上がりを見せるらしく、旅人である私がいようがいまいが変わりは無いと言っていた。
会場に私が武器を持ち込んだことについて、おかしな顔をする者も何人か居はしたが、しかしやはり、それを咎めるような事は誰にもされなかった。
得体の知れない者が近くにいて、オマケに物騒な怪我をぶら下げ武装しているというのに、人々の心は微塵も恐怖せず、ハッキリ言って不気味であった。
少しくらい誰か反発する者がいないとおかしいではないか、優しいとか人の心があるとかそういう問題ではない、私が考えすぎだという事でもあるまい。
だから料理を食べるのには少々勇気が要った、他の者が口をつけており、なおかつ誰の手にも触れられていない皿と箸を選び、なるべく不自然に見えないように談笑を楽しみながら機会を伺って口に運ぶ。
味や匂い、食感に違和感はないか?手足が痺れたり呼吸が苦しくなったりしないか?等と、様々な懸念が頭の中を通り過ぎては生きた心地がしなかった。
傷の方は調子が良く、早いうちに適切な処置を受けられたのが幸いして無事に治りそうだった、この分なら万が一、今夜ここで戦になっても平気のはず。
夕食の間私は子供に集られたり、奥様方におもちゃにされたり、村の若い男に言い寄られたりと様々な目に合いながら比較的楽しく過ごす事が出来た。
これが本当にただ旅で訪れただけならばよかったのに、と思ってしまうくらいには良い人達だったが、しかし現実はそうでは無いのだから仕方がない。
しばらくすると騒ぎも落ち着きを見せ、私は静かな食事を楽しむ機会を与えられた。
宴の席で酒を喉に流し込み、広場で踊る村人達を眺めながら思考の海に沈む。
こうして彼らを近くで観察して分かったことがある、彼らは私に何かを隠している。
初め、彼らがこちらの事情に深入りしないのは『安心感を与える人物』が居るからだと考えたが、どうやらそれだけでは無いようだ。
彼らは私の素性も、何処から来てど何処へ行くのかも、私の名前も何も聞かない、それどころか村長親子を除いて誰からも名乗られていない。
何を話しても当たり障りがなく、会話の中に一定の境界線が敷かれているのをひしひしと感じている。
私は分かった。
彼らは私に『深入りして欲しくない』のだ。 だから自分たちも、不用意にこちらに踏み込んでくるような真似をしないのだ、探られるのを恐れている。
ここに来て以来、私は彼らの口から『英雄』の二文字をただの一度も聞いていない。 それどころか、普通どの町にもあるはずの銅像なども見られない。
それは私が手に入れた英雄ヨハネスの所在が全くのデマカセであったか、あるいは彼らがその事実を隠匿しようとしているかのどちらかを示している。
しかし情報は確実だ、何故なら私が彼らの居場所を知っているのは、政府が保管していた機密書類を、英雄としての立場を捨てる際に盗み見たからだ。
故にこう結論付けられる。
`ここの住人は英雄の存在を隠している`
そして私が観察した限りでは、その『隠された英雄』という立場に最も相応しいのはただひとり。
シド=アーシェスだけだ。
彼はとても多くの人間から慕われている、頼られてもいるし憧れられてもいる。
誰にも分け隔てなく接し、自分よりも村人の方に料理が行き届くように気を使い、喧嘩したという夫婦の悩みを聞いてやり、皆が彼の元に集まる。
あの人気はハッキリ言って異常だ。
単なる尊敬という枠組みを逸脱している、彼等はまるで教祖に付き従う狂信者のように盲目的な信頼をシド=アーシェスに向けている。
単なる人格者である村の長では勝ち取れないもの、ただの年老いた男が持つには不自然なほどの信用と依存、ただ『人柄がいい』だけではあそこまではいかない、何かもっと他の理由があるはずだ。
そう、例えば——
その時
「楽しんでおられますかな」
コツコツという音と共に、横から声が掛けられた、見上げるとそこには例の男シド=アーシェスが居た。
私は彼の、まるで図ったかのような登場の仕方に肝を冷やすのであった……。
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