第9話変死体の冒険者

私たちは、人通りが多い場所へと移動した。


 さっきまで死体を見ていたとは思えないほど、シズクもフジミも落ち着いている。私もそうだが、こうも人の死に慣れているのは異様さを感じてしまう。


「ユージニア。シズクと付き合うってことは、俺様たちと付き合うってことだからな。兄貴のラスティは、そこら辺の覚悟が出来ていなかったけどお前は違うんだろ?」

 

 フジミは、挑発的に私を見た。


 そういえば、フジミは私とラスティが双子だということを知っていた。シズクの血縁者ならば、それも可笑しな話ではない。シズクから話を聞いた可能性は十分にあった。


「なんで、俺の相棒になった奴を残さず威嚇するんだよ。過保護かよ……。第一に、俺はまだユージニアのことを教えてないぞ」


 シズクから私の事を聞いたと思ったが、そうではないらしい。裏組織特有の情報網でも使ったのだろうか。


 シズクが呆れていたが、フジミは揶揄うかのように舌を出した。生意気盛りの可愛い顔だった。きっと反抗期なのだろう。


 それにしてもフジミは何歳なのだろうか。身長と反抗期的な態度からいって、十二歳ぐらいなのだろうか。それぐらいの子供が裏組織で働いていることは珍しくない。無論、下っ端としてだが。


「年上の親戚として、新しいシズク相棒を見に来ただけだ。ヤバイ奴だったら、おばさんに申し開きができないだろう。あの人を守れなかったのは……俺様にとっても失態だったんだよ」


 私は、聞き捨てならない言葉を聞いた。


「年上……。シズクよりも年上」


 私は、フジミを瞬きもしないで見つめていた。


 シズクは十四歳だったはずで、フジミはそれよりも年上だという。だとすれば、十四歳以上だ。随分と小柄なフジミに、私は驚いていた。血縁者のシズクとは真逆である。


「おい、こいつには俺様が後見人になっているんだからな。おかしなことは考えるなよ」


 私を睨む瞳は大人のもので、フジミが思いのほか年嵩であることの証明に思える。なお、フジミの話は頭に入ってこなかった。


「お前……ちゃんと俺様の話を聞いているのか?」


 自分の話を私が聞いていないことに気が付いて、フジミは不機嫌を募らせていた。


 私は、じっくりと考えてみた。


 フジミの身長は、どう見ても子供のものだ。大人ではありえない身長だが、改めて見ればフジミの体には子供特有の柔らかさがない。そして、着ている洋服の生地も子供では絶対に手に入れられないような上等なものである。


「……フジミは、何歳なんですか?」


 私の問いかけに、フジミは舌打ちした。


「二十五歳だよ。……身長のことを笑ったら、殺すからな」


 フジミは、すでに射殺しそうな目で私を睨んでいる。


 これで、はっきりした。


 フジミは、とても身長が低い大人なのだ。そういえば、極東に住まう東洋人というのは肌の色合いが不思議で小柄な者が多いと聞いたことがある。フジミとシズクの祖先は、その東洋人なのだろう。そして、フジミは黒髪と黒い瞳だけではなくて、祖先から低身長まで遺伝したらしい。


 不意に、殺気を感じた。

 私は懐から拳銃を取り出し、それで飛んできた物を防いだ。飛んできたのは、尖った棒だ。見慣れない道具だが、釘が一番近い形状だろう。


 殺傷能力は極めて低いが、先に毒でも塗っていたら話は違う。あるいは、人体のなかで一番もろい目でも狙ったのか。


「おい、このへったくそ!!おまえを殺すぞ」


 フジミは、物陰から現れた女性を怒鳴った。長い髪を一つにまとめた女性で、幸薄そうな雰囲気がある。なにより、目立つのは顔の半分を覆う爛れた痕だ。その醜い痕を髪やベールで隠そうともしないことにも、悪い印象を受けるのだと思う。なにせ、その痕は性病の証拠だ。


「たくっ。俺様にまかれた挙句に、殺していい奴と悪い奴の区別もつかないのかよ」


 フジミは、女性の背中を蹴った。

 三十がらみの女は、着ている上着すらもサイズがあっていない。そのせいもあって着ているものは汚れていないのに、みすぼらしい印象を与えた。もう少し外見に気を遣えば、それなりに見れたものになっただろうに。


「……ごめんなさい。あの……すみません」


 女性は、フジミに対して何度も謝っていた。


 私を狙ったのは、彼女なのであろう。釘のようなものは軽いので、女性でも楽に使えるはずだ。もっとも、それを武器として使えるようになるには血が滲むような訓練が必要だろう。普通の人間が投げたところで、大した飛距離はでないはずだ。


「武器も扱えないのかよ。本当に役立たずだよな」


 フジミは、大きなため息をついた。


「フジミ様……。ミーシャが役に立たなくて、すみません、すみません、すみません」

 

 フジミは、何度も謝る女性を顧みることはなかった。ミーシャと名乗った女性は、私の方にも何度も頭を下げる。


「もういい、行くぞ。お前がいると辛気臭くなるんだよ」


 そう言って、フジミは去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る