第10話罪を背負った冒険者

私とシズクは、列車に乗っていた。


 黒い煙を吐き出しながら走る列車には、それぞれの武器を持った冒険者たちが乗り込んでいる。今から、仕事に向かう冒険者たちだ。


 列車は、未開発の森の最寄駅まで走る。そして、冒険者たちは森の住民でありエルフを狩るのだ。


 そのせいもあって、列車のなかには体格の良い男たちであふれている。大抵の人間は、防具代わりの革製のジャケットやコートを着ていた。森の中では重くて防具などは身に着けていられないし、エルフの弓矢ぐらいならば皮制の服でも防げることが多いからだ。


「季節柄なのかな。今日は、新人が多いな」


 列車のシートに座ったシズクは、頬杖を突きながら周囲を見渡した。列車移動に慣れた熟練の冒険者のなかには眠りこけているほどの余裕を持っている者もいるが、一方で新人たちはがちがちに緊張している。なかには銃を抱きしめて祈っている者もいた。


「田舎から出てきた人間が、手っ取り早く稼げるのが冒険者ですからね」


 まとまった金を持って上京する人間などいない。大抵の場合は、少ない路銀で都市にたどり着く。


 そうなってくると働ける場所がすぐにでも必要になるが、田舎で畑を耕していただけの人間が出来る仕事など高が知れている。故に、銃とコートぐらいしか道具がいらない冒険者が人気の職種となるのである。


「おい、シズク。今年は、何人が生き残れるかを賭けようぜ」


 パルとオルドの兄弟が、私たちの元にやってきた。シズクに声をかけたのは眉毛の位置に傷がないので、パルだろう。ちなみにオルドは、不謹慎なパルの頭を叩いていた。


「だって、新人は何人も脱落していくだろ。大抵の奴は、最初の一日目で辞めるか殺されるかだ」


 パルの言い分も間違ってはいない。こんなところで、そんな発言をするのもどうかとも思うが。


「おい、人を馬鹿にするなよ!」


 一人の新人が、声を荒げた。


 パルは特定の人間を馬鹿にはしていないので、初めての仕事を前にして気がたっているのだろう。パルはその気はないが、新人の方はいつでも飛び掛かってきそうな雰囲気であった。こんなところで喧嘩に発展したら面倒である。


「すみませんでした。私の連れが仕事前に気分を害してしまったようで。よかったら、クッキーでもどうですか?出がけに以前隣に住んでいたという方のご子息が、わざわざ持ってきてくれたんです」


 私は包み紙に入ったクッキーを新人に押し付ける。新人がぽかんとしている内に、パルを私の隣の席に引き込んだ。


 うやむやになった空気で、私だけが不自然なほどに笑顔だった。毒気が抜かれてしまった新人は自分の席に戻って、クッキーを食べ始めたようだ。「げっ、しょっぱい!」という悲鳴が聞こえたので間違いないだろう。


「助かったよ。仕事前に同業者でギスギスするなんて嫌だもんな」


 オルドは、そう言ってシズクの隣に座った。私としては、出がけにもらってしまった塩気が強すぎるクッキーを処分できたので嬉しいかぎりだ。


「ユージニアは、前にいた都市でも冒険者をやっていたんだよな。どうして、双子で同じ職に就いたんだ?」


 オルドの問いかけに、パルとシズクも興味を持ったようだ。


「兄が冒険者をやっていることは、知らなかったんですよ。十八歳で故郷を離れてからは、兄とは会っていませんでしたし。正直、兄が冒険者をやっていたと聞いて驚いたぐらいです」


 双子は離れていても通じ合っているなんていうが、私たちがそうであったとは思えない。元手がかからない商売を若い時に初めて、性に合ったから続けた。それぐらいの理由だろう。


「じゃあ、ユージニアはどうして冒険者なんて始めたんだ?」


 シズクは、私に尋ねた。シズクの瞳は、どこか輝いている。もしかしたら、兄は感動的なエピソードで冒険者を志したのかもしれない。だが、そんなものは私にはない。


「元手がない若い時代に始めた仕事を続けているだけですよ。性に合っていたんでしょうね。未だに辞めたいとは思っていません。それなりに実入りも良くて、母にも仕送りができましたし」


 母親という単語に、シズクたちは驚きを露わにした。そのことに関して、私はきょとんとしてしまった。兄は、友人や仲間には母の話をしていなかったらしい。兄のことだから話していたと思ったのに予想が外れてしまった。


「ユージニアは、お母さんと仲が良かったんだ。ラスティからは、お前以外の家族の話はあんまり聞いたことがなくて……。叔父さんに育てられたとは聞いていたんだけど。お母さんは元気なの?」


 シズクは、母の話を聞きたがった。彼の母親は亡くなっていたが、関係は良好だったようだ。だからこそ、母の話題をだすことは気楽なものなのだろう。


「母は、最近亡くなりました。兄が亡くなった少し前のことです。母の世話や看取り、葬儀は神父である叔父がやってくれました。私と兄は十八歳から故郷には帰っていませんし、母の死にはどこか他人事でした」


 家族が亡くなったという話題は、沈んだものになりがちだ。周囲の人間に罪悪感を抱かせるのが嫌で、わざと冷たく他人事だと突き放す。事実、長いこと会っていないので、他人事のようにしか感じない。


「そうなんだ。母さんが死んじゃったのは、俺と同じだな。なぁ、ユージニアのお母さんってどういう人だったんだ?」


 十四歳のシズクは、空気を読まなかった。


 パルとオルドは、怖いもの知らずのシズクの態度に苦笑いを浮かべている。大人である二人は、しっかりと『触れてほしくはない』という私の意思を汲んでくれていた。


「シズク。人のプライベートな部分は、あんまり突っ込むな。子供のお前と違って、大人は色々あるんだよ」


 パルがシズクを止めるが、子供は頬を膨らませる。


「だって、俺とユージニアは相棒同士だぞ。色々聞いたっていいだろ」


 まるで、子供のお友達ごっこだ。十四歳ならば、そういうふうに相棒というものを捉えるのかもしれない。


 冒険者の相棒は、互いの命を預ける存在だ。決して、友人ではない。私はそれなりに長い冒険者人生の中で、一度も相棒を持ったことはない。


 ああ、そもそもシズクは対等な相棒関係を経験したこともないのだ。


 元をたどれば、子供のシズクを保護するために相棒というものを兄は持ち出したのだろう。シズクと兄の相棒ごっこを私は引き継いだというところか。


「……私たちの母親は、長いこと精神を病んでいました。そのために、叔父が世話をしていたんです。私たちの養育を叔父がしていたのもそのせいです」


 私たちに父はいない。


 母は、行きずりの野蛮な男に襲われた。その時に双子を孕み、そのせいで精神を病んでしまった。私たち双子は、生まれながらに母の精神を殺した咎を負ったのである。


 叔父は、私たちに罪の償い方を教えてくれた。


 大人になったら母が死ぬまで働いて、母のために送金をすること。母が死ねば、私たちの罪は精算される。それが、叔父が教えてくれた贖罪の方法だった。


 だから、私たちは十八歳になると働くために故郷を離れた。


 そろいの銀の懐中時計は、叔父からの餞別だった。高価すぎる餞別であったが、叔父なりに私たちのことを心配してくれていたのだろう。神父という職を目指すほどに優しい人であったから。


 自分と兄の半生を人知れず思い出して、私は思わず笑った。


 母が死んだことで、私と兄は自由になった。


 これからが自分の人生だというときに、兄はどうして死んでしまったのか。病を恐れての自殺だというのだから、納得しなければならないのか。


 そして、叔父が餞別として渡してくれた懐中時計はどこに行ってしまったのか。


「そうなんだ……。でも、お母さんはユージニアもラスティも大好きだったと思うぞ」


 子供の無邪気さで、シズクは笑った。


 その笑顔が清々しくて、とても眩しく感じられた。

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