第7話ビネガー狂いの冒険者

最後にシズクが案内してくれたのは、屋台が並ぶ通りだった。時計の都市を流れる運河に沿って出店し数々の屋台には、それぞれ美味しいものが並んでいる。


 ひき肉がたっぷりと詰められたミートパイ、塩コショウがきいた鶏肉の串焼き、チーズと薄いハムが挟まれたサンドイッチ、揚げた生地に砂糖をまぶしただけの素朴なドーナッツ、飴をまとわせたフルーツ。メインとなる料理から菓子まで、屋台に並ぶ料理は本当に様々だ。台所がない庶民の強い味方なだけのことはある。


「フィッシュアンドチップスが一番好きなんだ。あれって、ビネガーをかけると美味いよな」


 シズクは、そういって屋台の客の列に並んだ。客をさばくのが上手い店主らしく、さほど待たずにシズクの順番はやってきた。店主はシズクの姿を見て、なにも言わずに揚げたてのフッシュアンドチップスを手渡す。


「今日は、あと一個追加で。連れがいるんだよ」


 店主は私の方をちらりと見て、フッシュアンドチップスを無言で追加した。シズクは二人分の代金を支払って、片方を私に渡す。私は財布を取り出そうとしたが、それを制された。


「いいよ。今日は、俺のおごり」


 子供におごってもらうわけにはいかないので、私は財布から出した銅貨をシズクに無理やり押し付ける。私から受け取った銅貨を握りしめながら、シズクは唇を尖らせた。


「お前ら兄弟は、本当に変なところが似ているよ」


 おそらくは、兄もシズクには奢らせなかったのだろう。大人としては当たり前の行動だが、兄らしいと言えば兄らしい。


 そんなことを考えながら、私はフッシュアンドチップスを口に運んだ。柔らかい身が口の中でほぐれて、それなりに美味しい。


 だが、塩味が足りない。自由に使える調味料でも屋台に置いていないか、と私は探した。気が利く屋台には、無料の調味料が置かれているものだ。私が調味料を発見する前に、シズクが大量のビネガーをかけて魚の衣を湿らせていた。


「……」


 こんなに大量のビネガーをかける人間を初めて見た。シズクは、ビネガーのせいで黒く染まった魚の揚げ物を美味しそうに食べている。その様子を屋台に並ぶ人々が、顔を引きつらせて見ていた。そういう顔にもなるだろう。見ているだけで、すっぱそうだ。


「……なんだよ。ビネガーは美味いんだから、いっぱいかけて当然だろ!」


 なにも言ってない私に対してムキになっているあたり、自分でもかけすぎだとは理解しているのだろう。趣向というのは変えられないし、止められないものだから、シズクはこれからビネガーの虜のはずだ。


「俺と飯を食った奴は、口をそろえてビネガーのかけすぎだっていうんだよな。母さんだって、これぐらいはかけていたのに……」


 親子二代そろってのビネガー狂いだったらしい。


「まぁ、体に悪いものではないような気もしますし……」


 塩分や砂糖のように取り過ぎて悪いというものではない。もっとも、ビネガーを大量にかけたら健康に良いとも聞いたことはないが。


「そいつのビネガー狂いは治らないぞ」


 いつの間にか、私の隣には少年がいた。私の胸ぐらいしかない少年は、黒髪に黒衣という装いだ。肌の色は奇妙な具合に濃く、シズクや私のような色ではない。だからといって、日焼けをしたという風情でもない。


 いや、驚くべきところはそこではなかった。


 彼は、いつから私の隣にいたのだろうか。


 私も冒険者であり、森でエルフを追っているせいで人の気配には敏感だ。だというのに、少年がいつから隣にいたのかはまるで分からなかった。


「あっ、フジミだ。相変わらず、神出鬼没だな」


 気配のない少年の名はフジミで、シズクの知り合いらしい。二人が並んでみれば、どことなく顔立ちが似ているような気がする。私が二人を見比べているとシズクがその理由を教えてくれた。


「こいつは、俺の親戚なんだよ。今は裏組織で、色々と動いてる」


 シズクは、フジミを指さす。


 都市で真っ当な商売をやっている人間を表の部分だとしたら、裏の部分は麻薬や盗難、さらには人身売買などをやっている人間たちのことだ。


 つまりは、裏の住人達は警察を嫌う悪党たちなのである。その悪党たちを統括し、悪党なり秩序をもたらしているのが裏組織なのだ。


 語弊があるのかもしれないが、裏社会の警察とも言える。彼らは娼婦たちから売り上げの一部をもらう代わりに、彼女たちを危険から守る役割も担っていた。


 シズクの母親も娼婦であったので、元々が裏社会に繋がりを持っている家系なのかもしれない。そんな家系から生まれたシズクとフジミが、どことなく似ているのも納得できる。


 二人の名前の響きとフジミの肌の色からして、彼らには極東の地が混ざっているようだ。シズクの肌を見る限り異国の血はかなり薄いようなので、フジミの肌色は祖先の血が強く出た結果なのだろう。よく見ればフジミは腰に細い棒を付けており、それも極東に関するものなのかもしれない。


「それで、なんの用だよ。そして、今日は手下の奴らは連れてこないのか?いつも変なのを連れているだろ。それとも、変な人間が品切れだったのか」


 シズクの言い方では、フジミは変な人間しか連れていないことになる。フジミは、連れの人間を変なのと言われても怒らなかった。


「ちょっとばかり、まいてきた。俺様が気配を殺して、追ってこられるような奴がいるかよ」


 フジミは、背伸びをしてまで私の顔を覗き込んだ。


 真っ黒なフジミには瞳には、不思議な吸引力があった。長く見続ければ、自分の意思とは別のものを植え付けられそうだ。まるで、催眠術でもかけられているようである。


「たしかにラスティに似ているよな。……さすがは、双子」

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