第5話エルフを憎む冒険者
すべてのエルフが倒され、私は一つの問題に突き当たっていた。
屋根から降りなければならない、という問題である。屋根に登るときにはマットが足場になってくれたが、降りるとなると一思いに降りなければならない。
高いところが苦手というわけでもない。しかし、飛び降りればそれなりの衝撃と痛みに襲われるのは分かっている。好き好んで飛び降りたくないというのが本音である。
シズクを見ると屋根に乗ったままになっていたエルフの死体を担いで、屋根と屋根の間を跳んでいる。彼には、着地に関する懊悩など関係ないのだろう。
「ここ最近は、エルフが都市に入ってくることが多いんだよな」
シズクは、エルフの死体を屋根の下に落とした。どさりと音がして、屋根の下から悲鳴が聞こえた。なお「下見て落とせ!人の頭の上に落ちてきたぞ!!」という苦情も聞こえてきた。
「こいつら、子供を狙うんだ。子供だったらなんでもいいみたいで、貧民街の子供が狙われてる。しかも、槍じゃなくて剣みたいなのを心臓にぶっ刺して殺すんだよ。遺体まで持っていくんだ」
エルフが持っていた荷物を漁って、シズクは玩具のように短い剣を取り出した。エルフは弓の扱いにたけた種族で、剣やナイフで攻撃を加えてくることは珍しい。接近戦に持ち込めば話は違うのかもしれないが、私はエルフが刃物を使っているところを見たことがなかった。
「まるで、なにかの儀式みたいですね」
私の言葉を聞いたシズクは、顔をいきなり近づけてきた。
秀麗な顔で目の前がいっぱいになり、少しばかり驚く。シズクは、私の心情になど気が付いていないようだった。このようなところが幼い。
「そうだよな。儀式みたいだよな。まったく、どこもかしこも殺しばっかりで嫌になるよ」
シズクは、大きなため息を吐いた。
時計の都市は、そこまで治安が悪いのだろうか。貧しい人間が多いから、治安はそれなりには悪いだろう。だが、貧民街で起こる犯罪は貧民街で完結される。だから、そこに近づかなければ安全だ。
それに、ああいう場所は人々をまとめあげている人間がいると言う。完全な無法地帯というわけでもないと聞いたこともある。裏には裏の社会があるのである。
だからこそ、殺しが乱立しているというのは少しおかしい。
「どこもかしこも、なんですか?」
シズクは、頷く。
「ああ、一年前ぐらいから娼婦を狙った殺人事件が多発しているんだ。あの人たちは夜に仕事するし、自営するにも限度があるからな。一度はボランティアで見回りやろうかとも思ったんだけど、有志だけでやるのは無理があるって言われて……」
シズクは、娼婦のことをずいぶんと気にかけていた。都市で暮らしている以上は娼婦は珍しくないが、彼ぐらいの歳で彼女たちをここまで心配するのも珍しい。もしかしたら、オルドたちにからかわれていたリリというかと相手が娼婦なのだろうか。
「あっ。俺の母親が、娼婦だったんだよ」
私の疑問に気が付いたシズクは、あっけらかんと答える。珍しいことではない。娼婦に私生児は多いし、親元で育たてられなければ教会が運営する孤児院で生活することもある。シズクは親元で育てられたようだが。
「あなたは美しい顔は、きっと母親譲りなのでしょうね」
容姿の美しさに定評があるエルフのような雰囲気さえある面立ちが、驚きの表情を作った。そして、すぐに破顔する。
「俺の母さんは、そんなに美人じゃなかったんだよ。でも、愛嬌は良くてさ。常連客は何人もついてたんだ。最後は、客に殺されちゃったけど」
俺が十歳の頃かな、とシズクは語る。
シズクは、親に愛された子供だったのだ。そうでなければ、母親のことを悲しみを称えた笑顔で語るものか。
私と兄とは違う。
生きる屍のようになった母親に認識されることもなかった私たちとは、根本が違うのである。
「客が、いきなり銃を取り出したんだ。それで、母さん客に撃たれた。俺も殺されそうになったけれども、そこをラスティが助けてくれたんだ。そういうこともあって、娼婦の人たちには親しみじゃないけど……安全に仕事をして欲しいというか」
上手く言葉にできないらしいシズクが、難しい顔をして悩み始める。兄は、シズクの産まれや育ちを知っていたのだろうか。知っていたような気がした。
「俺は、この都市がもっと安全になればいいと思っているんだよ。エルフも襲ってこなくて、貧しい地域もなくなって、娼婦も安全な夜になって……。そのために、俺は都市を広げたい。都市を豊にしたいんだ」
エルフが住まう森を奪えば、その土地は田畑や新たな都市の開発に使えるようになる。汽車が進むレールがひかれる。そして、使える土地が増えれば国が富む。国が富めば、時計の都市も豊かになるだろう。
「素敵な目標ですね」
シズクは、照れ臭そうに頬をかいた。
ああ、本当に私たちとは違う。その健全な魂を羨ましいとすらも思えない。
「おーい、シズク!降りられるのか!!」
屋根の下から、声が聞こえた。
パルとオルドの兄弟が、地上で手を振っている。けれども、どちらがパルでどちらがオルドだったかを思い出せない。双子の兄弟である私と兄は、周囲からこんなふうに思われていたのだろうか。そう考えると感慨深いものがある。
「じゃあ、パル!お前が、支えてくれよ」
そう言って、シズクは屋根から飛び降りた。パルと呼ばれた男の顔が、嫌そうに歪んだ。それは一瞬で、パルは飛び降りたシズクを受け止める。
「……お前は、いつまでも自分が小さい子供だと思うな!もう、でっかいんだよ!重い!!」
シズクを受け止めたパルは、それでも紳士的にシズクを地面に下ろす。よく見れば、パルの眉には傷があった。これは、オルドにはない特徴だった。
よく似た兄弟の見分け方というのはこ、うやるらしい。この歳になれば学びの機会はないと思ったが、新しい場所に移り住むということは発見の連続になるらしい。これが歳をとる醍醐味ということにしておく。
「パル。ついでに、私もお願いします」
屋根の上から声をかけると、シズクの時以上に嫌な顔をされた。子供の時から知っているシズクならともかく、さっき会ったばかりの私まで支えたくないという顔をしていた。それを無視して飛び降りたら、人が良いらしいパルは受け止めてくれた。
しかも、紳士的に地面に下ろしてくれる。彼の親切心を見くびっていた。今更になって、申し訳ない気持ちが沸いてくる。
「なぁ、ユージニア。さっきの遠くまで飛ぶ銃って、なんなんだ?」
シズクは、興味津々という顔で私の旅行鞄を見ている。別に秘密兵器というほどのものではないが、往来で見せびらかすものでもない。
「知り合いが作ってくれたものです。試作品なので不都合は多いですが、それなりに使えますよ」
私のライフルを見ていないパルやオルドは不思議そうな顔をしていたが、それ以上は話題に入ってこなかった。顔見知り程度なので、尋ねづらかったのだろう。
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