第4話エルフ殺しの冒険者

翌日、シズクは時計の都市を案内してくれた。


 再登録に時間がかかるのを考えて、一番最初に冒険者ギルドに連れて行ってもらう。冒険者ギルドは近隣の冒険者たちを取りまとめる役割と彼らの成果に合わせて給金を支払う役割を主に担っている。


 そもそも冒険者たちが集まっていた居酒屋から始まったと言われるギルドだが、今はすっかり役所のようなものになっている。


 私は冒険者としての登録を別の都市でも行っているが、時計の都市で働くにあたって再登録が必要だった。窓口にいって再登録の手続きをしようとしたところ、受付女は顎が外れるほどに驚いていた。理由は、もう考えなくても分かる。


「ラ……ラスティさん」


 驚きのあまりに言葉を失っている彼女に、双子の弟であることを告げる。ようやく彼女は落ち着いて、私のことをまじまじと見つめた。暇な時間だったので、私も彼女を観察させてもらう。

 

 時計の都市のギルドの制服は、白シャツに緑のスカートかスラックスだった。目の前の受付女は、その制服に合わせて緑のフレームの眼鏡と緑のカチューシャを身に着けている。お洒落ではあるが奇抜なわけではないセンスの良い服装だった。休日には、気分に合わせて眼鏡や髪飾りを変えるタイプに違いない。


「ごめんなさい。あんまりにもそっくりだったので……。えっと、ご用件は?」


 気を取り直した受付女は、判で押したような定型句で尋ねる。


「再登録を頼みます。これは、ギルドカードと登録している銃です」


 ギルドに登録済みであることを示すカードと銃をしまっている旅行鞄を台の上に置いた。カードが盗まれた際に分かるように、カードには銃のナンバーも登録することになっている。


 今どき銃を持っていない冒険者はいないので、それなりに理にかなったシステムと言える。写真でも貼り付けられたらもっと便利になるのかもしれないが、撮影するために一時間も動かずにいたり高額だったりと問題が多いのが実情だ。


「もしかして、シズク君と行動しているんでしょうか……。あの子、まだラスティさんは殺されたって言っているんですか?」


 受付女は、心配そうな顔をしていた。シズクの行動は、彼女も知っていたらしい。私がシズクの様子を伝えると、受付女はため息をついた。


「あの子……ラスティさんにすごく懐いていたんです。冒険者として色々と教わっていたし……信じられないのも分かるんですけど、いつまでもこだわっているようで心配しているんですよ」


 ラスティは、この都市に馴染んでいたようだ。そうでなければ、受付女にまで気にかけられることはないだろう。


「あっ、私の名前はシールと言います。ラスティさんには、色々とお世話になりました」


 ぺこりと頭を下げて、シールは確認のために事務所の奥へと消える。しばらく待っていると知り合いらしい冒険者と話しているシズクを見つけた。冒険者たちは三十代ほどで、シズクと比べれば年嵩の男たちだ。それでも親しげに話す様子から、シズクが冒険者となってそれなりの月日が経っているのだと知れる。


「お待たせしました。再登録は終了しました」


 シールからギルドカードと銃の入った旅行鞄を受け取って、私は談笑しているシズクの元に向かう。すでに私のことを紹介していたらしく、シズクと話している男たちは私の容姿に驚くことはなかった。


「ユージニア。こいつらは、ラスティの同期だ。あいつとの酒飲み仲間だった。もっとも、ラスティは飲めなかったけどな」


 私も飲めないので双子のラスティも飲めるとは思えなかったが、その通りだった。それでも仲間と酒場に行くぐらいには、人付き合いが良かったらしい。


「俺らは、パルとオルドだ。兄弟で冒険者をやっている」


 そのように紹介されると彼らの容姿が似通っていることに納得できる。二人とも黒髪で、人懐っこい雰囲気だ。そろって筋肉質だが、それに反して背丈は低い方であった。


「じゃあ、ユージニア。次は、屋台と診療所の場所を教えるから。二つともよく使うことになるだろ」


 アパートの部屋には台所がついていない。家賃が安いからという理由ではなく、火事防止のために設置されないことが普通なのだ。そのため、庶民の胃袋は主に屋台で満たされる。


「じゃあな、シズク。愛しのリリちゃんにもよろしくな」


 兄弟冒険者に「うるさい。非モテども!」とシズクは怒鳴っていた。リリという人間が誰かは知らないが、名前からして女性である。シズクには、十四歳らしく揶揄われる相手がいるらしい。


「あっ、マッポのマットだ!」


 ギルドを出たシズクは、声を上げた。相手は警察の制服を身に着けた中年男で、たっぷりとした髭と脂肪が特徴的だった。


「だから、面白く呼ぶなと言っているだろ。……おい、お前はラスティ!まだ成仏してないのか、この野郎!」


 マットは、私に何故か殴りかかってきた。私はそれを軽くいなして、ついでにマットの腕を彼の背中に回して拘束する。マットは「いだだだっ!!」と悲鳴を上げた。


「こいつは、双子の弟のユージニアだ。それにしても、同じ反応ばっかりだな。結構、違うと思うんだけどな」


 シズクはそう言うが、マットたちの反応の方が自然だ。誰だって、死人とそっくりの顔があったら驚く。


「ラスティの双子の弟だって!あいつは、そんなことを一言も言わなかったぞ!!」


 マットの叫び声に彼も兄と親しい間柄だったのかと感心していると呆れたようにシズクは口を開く。


「顔見知りなだけのマットのマッポに、兄弟のことなんて話すかよ。あっ……間違った」


 マットは、兄とはさほど親しいわけではなかったらしい。それにしても、マッポのマットは分かりにくい。今紹介されたばかりなのに、どちらが彼の本名なのか分からなくなってしまった。……よく考えたら、マッポは警察のことなのでマットが本名である。


「今から飯を食べに行くけど、マットも食べるか?。奢ってくれるなら、一緒に食ってやるぞ」


 生意気なシズクをマットはハエのように追い払おうとする。治安を守りつつも権力を振り回すこともある警察は、市民からは若干ではあるが嫌われている。


 特に、娼婦などの職業からはそれが顕著だ。それでも、マットとシズクは軽口を言い合えるほど仲がいいらしい。保護者としては、嬉しいことだ。


「エッ……エルフだ!エルフが、出やがったぞ!!」


 男の叫び声が聞こえてきて、マットとシズクの目つきが変わった。獲物を狩る肉食獣の目となった二人は、悲鳴をした方を睨む。


「違います。上です!」


 私の叫び声に、マットとシズクが顔を上げる。私たちの眼前で、エルフたちが建物の屋根から屋根を伝って走っていく様子が見えた。


「マットとユージニアは、俺を援護しろ!」


 言うが早いか、シズクは民家の屋根に軽々と跳び上がった。体重を感じさせない跳躍は、エルフを超えるのではないかというほどだ。


 平屋とはいえ屋根に飛び乗ったシズクの人間離れした身体能力に、私は唖然とする。シズクは、そのまま屋根を伝ってエルフを追いかけているようである。


「おい、ユージニア!俺たちも行くぞ!!」


 マットはさほど驚く様子もなく、シズクが走っていった方向に向かって走り出す。私はそれに習ったが、屋根から屋根へと跳び移るエルフとシズクに追いつけられるわけがない。


 跳び移る瞬間を狙ってエルフを撃とうとするが、彼らのすばしっこさでは狙いを定められない。


 だが、シズクは違うらしい。


 屋根の上では、銃声が響き渡る。その音を聞きつけたのか冒険者と思われる男たちが、ぞくぞくと集まってきていた。それでも、屋根を走るシズクに追いつけるような者はいない。


「マットさん、壁側に移動して腰を落として。両手を組んで!」


 私のやりたいことが分かったマットは、指示通りに格好になってくれる。私はマットが組んだ両手を足場にして、屋根に向かって飛び上がる。


 マットが押し上げてくれたこともあって、私の屋根の端を掴むことが出来た。そこから懸命に屋根によじ登り、シズクと同じ視線に立つ。


 シズクとエルフは、都市を縦横無尽に走り回っていた。エルフは屋根の上から市民を弓矢で狙うが、シズクの銃がそれを許さない。といっても仲間のエルフがシズクの銃撃の妨害をすることもあって、シズクは一匹も仕留められないでいるようだった。


 エルフたちの動きを止めなければならない。


「マッポさん、旅行鞄を投げてください!」


 足元から「マットだ!」という怒声が聞こえてくる。だが、彼はしっかりと旅行鞄を放り投げてくれた。それを受け取った私は、急いでそれを開けて中に入っている部品を組み立てる。組みあがったのは、長距離射撃用のライフルである。


 銃を作っている工房の試作品で、まだ大量生産にはいたっていない。そもそもスコープをのぞき込んで射撃をするという特異性に何人が順応できるのか。


 スコープで狙いを定め、私は引き金を引いた。長距離を飛ばすために普通の銃よりも威力が増しているせいもあって、ライフルを支えている肩が軋む。


 それでもエルフの体のどこかに命中し、予想外の攻撃にエルフたちのの動きがしばし止まった。どうして仲間が攻撃されたのかを見極めようとしており、その間に私は弾を込めた。一発ずつしかライフルに弾が入らないのだ。


 エルフが、その視力の良さから私の存在に気が付いたようだった。私は、舌打ちしたい気分になった。エルフは四匹もこちらに向かっており、一度に撃ち落とすのは無理がある。


 拳銃を引き抜いて、私はエルフに狙いを定めた。咄嗟に一匹撃ち殺すが、その他の三匹が弓をいってくる。エルフの弓は、恐ろしいほどの命中精度を誇っている。現に、逃げなければ私は心臓を射抜かれていただろう。


 隣の屋根に飛び移ることもできず、私は屋根の端に追い詰められる。銃をエルフに向けるが、一斉に飛んでくる弓矢を撃ち落とすのは人間には不可能だ。


「お前ら、覚悟しろよ!!」


 弓で私を狙っていたエルフの一人に、シズクが飛び膝蹴りをくらわす。シズクがエルフの近くにいたことなど、私たちはまったく気が付かなかった。それぐらいに、シズクは素早く静かに移動していたのだ。屋根から転がり落ちたエルフには一瞥もくれないシズクは、両手に銃を握っていた。


 所謂、二丁拳銃だ。


 シズクは狙いをつけたのかと疑うような素早さで、銃の引き金を引いた。エルフの眉間に風穴が開き、ゆっくりと屋根の傾斜を伝って地面に落ちていった。


「おい、さっきの銃ってなんだ!すっごい飛んだけど!!」


 嬉しそうに私の元へと駆け寄ってくる、シズク。彼が屋根と屋根との間を跳び移る瞬間に、飛び膝蹴りで落ちたエルフが地上から弓でシズクを狙っているのが見えた。


 私は、無言で銃弾を放った。私はエルフの胸に弾丸を打ち込むことが出来たが、その前に放たれた矢がシズクの頬をかする。


 白い頬に走った、朱の一線。


 それを指先で確かめたシズクは、不敵に笑ってみせた。

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