第3話子供の冒険者
兄のラスティは殺されたのだ、とシズクは語った。
住んでいたアパートから飛び降り自殺をしたとしか聞いていない兄が、実は殺されたのだと聞かされても、私としては反応のしようがない。
なにせ、十八歳のときから会っていない相手だ。最近の様子というものは、全く知らない。病んでいたと聞いていれば、それが自殺の原因なのかと考えてしまう。
私の素っ気ない態度に、シズクは顔をしかめていた。彼としては驚いたり怒ったりといった激情を予想していたのかもしれないが、生憎とそういう感情は持ち合わせていない。
「お前、本当にラスティの兄弟なのかよ。兄が殺されたのかもしれないんだから、もっと反応するだろ。許せないとか思うだろ」
シズクは、思ったとおりの反応をする。
「私と兄は、長いこと会っていないんです。どんなふうに死んだのかまでは、興味がありません。『ああそうか』という感じなんです」
冷たい奴、とシズクは言った。
「というか、だったら荷物を取りにくるなよ。てっきり、すごくラスティのことが好きなんだと思うじゃないかよ……」
私としたら、手紙が来たから血縁者として対処しただけだ。勝手に思い込んで、勝手に落ち込んでもらっても困る。
「お前にやる気がないなら、もういい。俺一人で、ラスティを殺した犯人を捜してやる!」
シズクはそう宣言したが、さっきから引っかかるものがある。兄は、警察が自殺であると判断されたのだ。なのに、どうしてシズクはそれを信じないのか。
「兄が殺されたという理由に、何か心当たりがあるんですか?」
そうであるとしか思えない。
「俺の誕生日を一緒に祝いたいって言われていたんだ。病気のせいで……生きて祝えるのは最後かもしれないから、とびきりのプレゼントをやるって言われたんだよ。ラスティは約束を破らない。それに、俺の誕生日は毎年祝ってくれた。だから、自殺なんてするわけがない」
随分と幼い理由だった。
子供相手ならばいざ知らず、相棒の誕生日を祝う約束だけが証拠だなんて。
自殺する人間というのは、追い詰められているものだ。約束なんて反故にするほどに死にたくなる瞬間があったとしてもおかしくはない。
「……シズク。あなたは、何歳なんですか?」
嫌な予感がした。
だが、そう考えればシズクの言動に説明がつくのだ。
「今年で、十四歳だ」
堂々と答えたシズクに、私はため息を吐く。
彼の言動が、どうりで幼いはずである。シズクは、成長期が早くやってきたタイプの人間だったのだ。彼の身長はすでに大人と同じぐらいで、何も知らなければ成人済みの人間にしか見えなかった。
「ここ一年で、身長がすごく伸びたんだよ。おかげで、年上に見られる」
それは、そうだろう。
「ラスティは、あなたの相棒というより師匠だったんですね」
誕生日を祝う約束をするというのも、年下の弟子に対するものだったら納得がいく。さらにいえば、幼少期から面倒見が良かったラスティらしくもある。
「違う!俺は、ラスティの相棒だったんだ!!」
年相応に幼いシズクのために、そういうことにしておく。
そうしないと面倒だ。
「ともかく、俺がラスティを殺した奴を見つけるからなっ!」
意気込みだけは立派だが、どうにもシズクは危なっかしい。十四歳の幼さで、人を殺したかもしれない人間を探し回るという。
現役冒険者であるから腕っぷしはたつだろうが、無謀を勇気とはき違えている年頃である。銃を目の前にして、堂々と近づいてくるような神経をしているのだ。
「……分かりました。あなたのことを手伝います」
急に意見を変えた私に、シズクは呆気にとられる。彼からしてみれば、そうなるだろう。しかし、私としては兄に関連することで子供の命を危険にさらすことは避けたい。大人は自分が置かれる状況がまずくなっても、それまでの行いの結果でしかない。
だが、子供は違う。
子供は、自分の居場所を選べない。シズクが十四歳で冒険者なんてやっているのだって、自分の力が及ばないことで決定したのだろう。
「なにがどうして意見を変えたのかは、よく分からないけど……。その、ありがとう」
ラスティは、私の手を無理やり握った。
タコが出来て固くなった指先は想像通りだが、皮膚の瑞々しさは子供のものである。大人とは全く違う。
「とりあえず、ここに住むことにします。新たに部屋を探すのも面倒ですし、家具もついていますから」
死んだ兄の部屋に住むなど気味が悪いと思われるかもしれないが、住む場所を探すことに労力を割くのが本当に面倒なのだ。
「じゃあ、最初にここら辺の案内をするよ。生活するのに必要だろうし」
シズクの申し出は、ありがたい。知らない土地で生活するにあたって、案内があるとないとでは大きく違う。
「ついでに、冒険者ギルドにもお願いします。先だつものは必要ですし、しばらくはここで暮らすつもりですから」
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