第2話金髪の冒険者
大家にナシャの部屋を聞いて、彼女をそこに放り込んできた。化粧の下の素顔は若いのかもしれないが、酒を飲むからには大人だ。面倒を見る気はさらさらなかった。自分で自分の始末はやってもらうことにしよう。
「気にするな。ナシャは、いつも酔っぱらっている。家賃だけは毎回搾り取っているが、そのうち酒代が原因で破産しかねない女だ」
大家は、そのようにナシャを紹介してくれた。酒で体を壊す人間は多いが、ナシャはその典型例の人間のようだ。大家は、彼女が家賃を払っている間は何も言わないつもりらしい。
「このアパートは、あんなのばかりなんですか?」
だとしたら、随分と騒がしい場所に兄は住んでいたものである。
「他人の部屋に入り込むのは、ナシャぐらいだ。相手は女だし、大目に見てやってくれ」
それではナシャの身が危険のような気がするが、私は何も言わなかった。兄の荷物を処分すれば、このアパートとは縁が切れるのだ。首を突っ込むことではない。
「そういえば、大家さん。兄は、銀の懐中時計を持っていませんでしたか?」
私の問いかけに、大家は首をかしげる。本当に知らないようである。もしかしたら、彼が売り飛ばしたのかもしれないと考えたが杞憂のようだ。
「見たことがないが……大事なもんなのかい?」
大家の質問には、「そういうわけではないです」と答えておいた。大事と言えば大事なのかもしれないが、私は自分の分の懐中時計を持っている。行方は気になったが、目を皿にして探すようなものでもない。
私は、兄の部屋に再び戻ろうとした。ドアノブに手をかけようとした瞬間に、ドアがわずかに開いていることに気が付いた。ナシャを運び出した時に、ドアはしっかりと閉めたはずである。
大家は、他人の部屋に入り込むのはナシャぐらいだと言っていた。彼女は自分の部屋に押し込んだので、兄の部屋に入ったのはナシャではありえない。
ならば、人の部屋に忍び込むのを趣味にした住人がまだいるのだろうか。それとも、カギが開いたのを見計らって物を盗もうとしている輩がいるのか。
なんにせよ、警戒しておくに越したことはないだろう。
私は、コートの下から拳銃を取り出した。護身用を兼ねた商売道具は、今日も剣呑な姿を見せつけている。
わずかに開いているドアを蹴飛ばして、その隙間から部屋のなかに入り込む。室内のいた人物に対して、銃口を問答無用で向けた。
「誰ですか?」
部屋のなかにいたのは、青年だった。
美しい金の髪を背中に届くほど伸ばし、それを開け放たれた窓から入る風に遊ばせている。下流の市民らしい擦り切れたコートを着ているくせに、その中身は森に住まうエルフのような美しさだった。けれども吊り上がった瞳が、彼を一筋縄ではいかない人物だと物語っている。
「おまえが、ラスティの弟かよ」
銃を向けているのにも関わらず、青年は大股歩きで私の方に向かってくる。度胸が据わっているのか馬鹿なのか。どうにも判断のしようがない。
「……銃が見えないんですか?不審者として撃ち殺しますよ」
銃を持っていることを口にするが、青年の歩みは止まらない。それどころか、銃口の目の前に立つ始末だ。やはり頭が足りないのだろうか。
「お前は撃たない。兄貴の部屋を血で汚したら掃除が面倒だろ。それに、お前は不審者でも無抵抗の人間を撃つようには見えないんだよ」
随分と買いかぶってくれたものである。
残念ながら、銃は人よりも撃ちなれている。人間も撃ったことがないわけでもない。部屋を片付けるのは面倒なのかもしれないが、それと自分の身の安全を天秤にかけるほど愚かではないつもりだ。
「お前は、冒険者だろ。しかも、わりと強いほうの」
にたり、と青年は笑った。
私は、自分の職業を言い当てられたことに内心驚いていた。銃なんぞを出したせいかとも思ったが、今どきは誰だって銃を入手できる。
都市にはびこる破落戸たちが、真っ先に手に入れる武器は銃だ。弾を消費するという弱点があるが、これ一つで簡単に人を威して殺すこともできる。
ナイフや鈍器などよりも、殺しが簡単になる武器が銃なのである。だからこそ、銃を取り出しただけでは冒険者だとは言えないだろう。
「体術が使える奴は、独特の歩き方をするんだよ。警戒しているときには、特に顕著になる。体術なんて七面倒なことを身に着けているのは、正義の味方に憧れている馬鹿か冒険者ぐらいだろ」
青年の指摘通り、私は体術を嗜んでいる。私に仕事のイロハを教え込んでくれた恩人が、体を鍛えていればいざというときに役に立つと教えてくれたからだ。足音で気が付くということは、青年もそれなりの体術を会得しているのだろう。
彼は、おそらくは同業者だ。
しかも、武器を見ても慌てないことから、見た目に反して経験は豊富なのだろう。それにしては無謀なのは、若さ故なのだろうか。
「俺は、シズク。お前の兄貴ラスティの相棒の冒険者だよ」
青年は名乗って、私に手を差し出した。シズクの手には、銃を扱う人間特有のタコが出来ている。
冒険者とは、過去では洞窟や森をさまよい太古の宝やモンスターの肉や毛皮などを刈り取る者たちだった。彼らは時にエルフやドワーフといった者たちと協力し、強大な敵に立ち向かったこともあるらしい。
だが、現在の冒険者は違う。
現在の冒険者の仕事は、森の開拓である。森には、エルフやドワーフといったかつては協力関係を築くこともあったモンスターたちがまだ息づいている。私たちは彼らを殺し、住処である森を奪う。
奪った森は専門の会社によって開拓されて、人が住まう都市や汽車が通る線路が作られるのだ。モンスターたちから見れば簒奪者でしかないのが、私たち現代の冒険者だ。
「……兄も冒険者だったんですね」
兄弟そろって罪深い職業につかなくても良いだろうに。それとも双子だからこそ、このようなところまで似てしまうのだろうか。
「兄弟なのに知らなかったのかよ」
シズクは、意外そうな顔をしていた。
大家と反応がだいぶ違うので、彼はラスティから私のことを聞いていたのだろう。それでも、私との関係性は話さなかったようだ。
「ところで、相棒のあなたは何をしに来たのですか。形見分けに欲しいものでもあるのですか?」
この殺風景な部屋に貴重品があるとは思えないが、と私は心の中で付け足す。
「形見なんて物はいらない。俺が、望むのは一つだ」
その前に銃を下ろせ、とシズクは私に命令する。彼を信用したわけではないが、いつまでも銃を向けているのも無粋だろうと思ってそれを下げた。もちろん、コートの下に仕舞うことはなかったが。
シズクは、私の顔をまじまじと見つめる。
私とラスティは、茶色に髪に茶色の瞳という目立たない容姿をしている。体格は良い方だとは思うが、それも目立つほどではない。むしろ、見事な金髪のシズクの方がずっと人目を惹く。
「……悪いな。改めて見るとやっぱりラスティに似ているから」
懐かしむような声で、シズクは顔をうつむかせる。兄が死んでから、まだ月日が経っていない。兄と親しい人間にとっては、私の容姿は毒なのだろう。
「お前は、ユージニアって名前なんだろ。ラスティから聞いていた」
顔を上げたシズクは、目をこすっていた。
兄を思って涙ぐんでいたようで、その姿を見た私は羨ましくなってしまった。私が死んだときには、泣いてくれるような人はいるだろうか。
時計の都市に来る時でさえ、私は旅立つことを誰にも告げなかった。それぐらいの人間関係しか築けなかった私と兄は大きく違うのだ。
「ラスティは、殺された。俺と一緒に犯人を捕まえろ」
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