天国のカウンセラー Ⅳ

 診察が終わると、少しの休憩時間が挟まれる。

 次の患者の資料を確認したり、面倒な同僚に絡まれるので、だいたい休憩は取れずに潰れる。


 味を楽しむだけのコーヒーを傾けながら、私は先程の少女の資料を資料をぼんやりと眺め入った。


 彼女が打ち明けたことはすべて真実だった。

 もちろん疑っていたわけではない。そしてもし仮に嘘であっても、カウンセリングでそれを指摘する必要は無い。ここは閻魔が裁きを下す場ではないのだ。


「自殺者だけ、そのまま魂も消えちゃえば良いんですけどね」


 空から声が降ってきた。

 顔を向けなくとも、誰なのかはっきり分かる。


 つい数行前に記した、〝面倒な同僚〟だ。


「………こンのクソサイコパスが……」


 言い方ってもんがあるだろう。

 だが、いつもこの同僚はこんな調子だ。

 それも、いつも決まって爽やかな満面の笑みで言う。こんなサイコパスがカウンセラーなんてやって大丈夫なのかと度々思う。


 だが、これは単なる罵倒ではない。

 事実なのだ。

 天国のカウンセラーにはそういった人間が多い。というか、率先して選ばれている。現世ではどうか知らんが。


 もちろん、人間の心が完全に理解できないやつは入れない。

 入れるのは、他人に共感することはなくても、その感情が手に取るように理解することができる人。


 この男は、生前は他人の心を読んで、卓越した容姿と演技で洗脳し、ネズミ講まがいの───恐らく、それ以上に酷いビジネスを展開していたと聞いている。

 それで、意図的でないにしても何人かを自殺に追い込んだこともあると。

 悪事を悪事と認識して、迷わず実行するタイプ。本来なら問答無用で地獄行きになる犯罪者だった。


 こいつはそういったタイプの犯罪者の中でもとりわけ演技力があり、人心掌握に長けていたので、その能力を買われ、〝罰〟として天国で働かされている。

 彼がここに寄越された日のことは、昨日のことのように覚えている。数百年に一度の逸材。本当に酷い新人だった。そう、あの日は―――



 そんなことを回想しながら、ふとその同僚を見遣ると、なんと私の患者のカルテを盗み見していた。先ほど少女のものだ。


「オイ。プライバシー」

「僕プライバシーなんて名前じゃないですよ。それに、あなたが潰れて僕の患者になるかもしれないじゃないですか」

「私が潰れてからやれ」


 私の言葉には聞く耳を持たず、同僚はカルテを読み進める。

 そして、ああ、と納得したように声を上げた。


「あんまり入れ込んじゃダメですよぉ」

「この子に入れ込んでるなら、とうの昔にしてるっつーの」


 これまで、何度もそういう患者を受け持ってきた。

 それほど世の中は改善されていないのだ。



 ここで話を戻すが、自殺者は死後魂が消えてしまえばいい―――という発言には、少しばかり同意する。



 一度死を経験した人間、特に惨い死に方をした人間は、死に対して異常に恐怖する。第二死恐怖症と呼ばれているものだ。

 カウンセリングや時間経過によって回復するケースも多いが、大半はそれ以降もPTSDに悩まされるのが現状だ。


 特に問題なのが自殺者。

 天国には魂を完全に消滅させることができるシステムが導入されている。

 例の〝どうしようもなくなった人への救済措置〟というやつだ。


 完全に消し去られた魂は転生せず、本物の死を迎えることができる。



 自殺者の自殺傾向が薄れることはまれで、多くの人がまた自殺することを望む。


 だが一度死を経験していると、死にたくても、死ねなくなる。

 たった一度きりのはずの死の決断を、再度迫られるのだ。躊躇する人間は多い。


 その決断に何百年もの時間を有する人もいた。

 その間、生前の傷が癒されることはなく、ずっと苦しんでいた。


 最期の数年は、死刑を待つ囚人のようになっていた。

 それでも、完全に消滅することを選んだ。



 死後、天国でですらそんな思いをするくらいなら、いっそ自殺時に魂を消してやれれば楽になれるだろうに。

 天国だ天使だと大層な名で呼ばれているが、患者を救えることはほぼなかった。


 天国は、必要な人間にだけあればいい。

 そして、この心療内科も。



◇ ◇ ◇

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