第10話第七章 孤影影隻




 記憶が消える事に恐れはない。何故なら僕は何も持っていないからだ。大事なモノも大切なモノも、何もない。

 けれど、改めて消しゴムで消す様に失って、それから描く様に記憶を思い出すと、決してそんな事はなかった事を思い知らされるのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーー


 癒着した寺院と教会。

 修道服にしては違和感のあるけったいな服。

 やたら人を殺す神の聖書。

 他力本願の極みな内容の祈り。

 精神を撹乱する薬物。

 胡散臭い宗教。

 そうだ。私はコレらの気持ちの悪い情報をを知っているし、体験している。

 多分、コイツらは、至空教は、私が幽閉されていたあの学校の『アイゴの空』とか言う宗教の関連宗教なのだろう。

 私の、人生を、奪った、アイツ等と、同じ。形容しきれない感情が、湧く。一番近いのは、怒りだろうか。憎悪だろうかーーーーーって

「ッ!!!」

 光が、奔る。

 一閃。

 顔に、何かがかかる。

 視界が、見えない。

「ーーーーーーーあ。」

 首を、触る。

 濡れて、いる。

 痛みはない。

 私の首が、掻っ切られて、いる。

 血が、垂れる。

 そして、横の次は、縦に。迫る、十字斬りの刃。

「馬鹿!呆けてる場合かっ!?死ぬでっ!!」

 怒鳴られ、私は後ろに引き倒され、転がる。

 そして、顔に、先程までと比べ物にならない量の、血を浴びる。

 熱い、暖かい、血。

「ちっ…。左手さえ、ありゃ…。コレやから、口だけの昨今の若者は、手が、かかってしゃーないわ…。」

 倒れる、ババア。どうやら、ババアは、呆けている私を、庇って、救おうとして、代わりに、ジジイの刃で切られたのだ。

 でも、庇われたところで、首を斬られている私もーーーーーー。

「ーーーーーー坊主!!!あとは、頼むでっ!」

 風が、私を、攫う。そのまま、この現場から、私を連れ去る。

「何…?」

「…すまない、ほったらかしにして。」

 私は、ロクに抱えられていた。

 たった、数日なのに、その顔は、傷だらけで、以前より大人びて見えた。


「でも、ロク、私も、血がーーーー。」

 って、首元を触るが、私は血が、出ていない。

「なんでーーー。」

「重ねてすまない。黙っていたが、俺も、異端者なんだ。」

「異端者ーーーー。」

「あの場に居た者達に、お前が斬られて、致命傷を負う幻覚をかけて、惑わせた。」

 だから、血も出ないし、当然傷もない。

「お前を救うためには、それしか最善手を思いつかなかった。」

 あぁ、そうだ。どのみち、ババアは出血多量で死んでたであろう。それは、彼女自身も知っていたから、私を、ロクに、託した。

「色々聞きたい事がある、けどーーー。」

「…そうだな。全部、説明してやりたいが、マスターが来てしまう。ここを潜り抜けたら、説明するよ。」


「待って、------------ねぇ、貴方の-----------。」

「そう-------、僕の-----------。」

「また--------。」

「あぁ、大丈----------。」

 そして、私は、錠剤を口に含んだ。


 酷い、眩暈。

 燃える、建物。

 熱い。空気が熱い。呼吸するのも、辛いものがある。まるで、生きている事の証明のようだ。

 そんな中、無言で、こちらに向かって来る、大人の、影。

 大人。あぁ。知っている。この大人を私は知っている。

「よく、私の前に、姿を見せらましたね。」

 相手は、何も答えず、刀をぶら下げて、こちらに近づいて来る。

「返事もできないの?ねぇ!!母さん!!」

 そうだ。そうなのだ。

 燃えているのは、学園。私を数年束縛し続けた、私の嫌いなあの頭のおかしい宗教学園。淑女である事、個性を殺す事、人格を殺す事を強いるクソッタレの学園。そうして出来上がった純粋な箱入り娘を、司教と言う名称のロリータコンプレックスの男共に捧げる、吐き気のする製造工場。

 こんなところにぶち込んだのは、いま目の前にいるこの女。この女、この女、この女!!!

 許さない。

 こんな世界に私を閉じ込めたコイツを私は許さない。

 許さない。

 こんな世界に私を考え無しに産み落としたコイツを許さない。

 許さない。

 育てられもしないのに、その身体で交わり善がり育んだコイツを許さない。

 あぁ、収まらない。

 私一人じゃこの感情を持っていられない。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。殺したい。

 世界を、私を、この女を。

 そして、母が私目掛けて、その刃を感情もなく振り下ろす。

「そっか。アンタも、私を殺したかったんだ。」

 私はその刃を手に握っていたナイフで跳ね飛ばす。

 コレは正当防衛。

 これで、私は、この女を殺したって、許される。

 跳ね飛ばした刃が、再び、落ちて来る、薙いでくる、上がって来る。

 あぁ、でも遅い、遅い、遅い。

 弾く必要もなく、全てを躱し、母に蹴りを入れる。

 生まれて初めての叛逆の一撃は容易く手で払われてしまう。けれど、おもしろい。簡単に終わってしまっては困る。私の想いはこんなものじゃない。

「あっはっははははははははははっ!!!」

 声が溢れる。

 斬撃の渦が私を襲う。

 いなして、流して、躱して、弾く。

 そして、蹴る、殴る、裂く、切る。

 大概防がれるが、偶に攻撃が当たる。楽しい。なんて楽しい。

 私から母に初めて与えたモノ。痛み。あぁ、あぁ、もっと。もっと。沢山たくさん与えたい。

 沢山たくさんたくさん恩を仇で返したい。

「死ねええええええええええええ!!!」

 足を庇い続けているのは知っている!!!

 だから、微かな隙をついて、そこに、回し蹴りを仕掛ける。

 ごりゅ、っと。音がする。砕いたか!?

 が、

「がっ!!!」

 私が蹴られて跳ね飛ばされる。ちっとも効かないじゃねぇか!

 荒い呼吸と、目から溢れる涙。

 これは、多分きっと、痛みのせいと、人としての本能のせい。堪え切れないほどの憎しみの発露と、コイツのせいでこんな人生を歩んだ悲しみと、親殺しへの本能的規制。

 ぐちゃぐちゃと感情が溢れてくる。

 身体が人を超えた動作に悲鳴を上げている。

 でも、殺したい。理不尽には理不尽を。

 痛みを殺し、私は再び切りかかる。

 コイツさえ、死ねば。


 セカンドは、人間性を捨てて、獣の様な、獣そのものの戦い方をしていた。

 僕も気が付かなかったが、あの喫茶店のマスターは異端能力こそないが、そんなもの必要なくそれ以上に純粋に強い身体能力格闘センスを持つ人間だった。あの悪夢のような強さと、あの無差別に異端に関わるものを皆殺しにしていた辺り、『白き夜』に該当するのだろう。

 そんな奴相手に、いくら生身の人間としては強いセカンドでも、人間のままでは勝ちを得られない。

 だから。

人間としての枷を外したのだ。あの薬物、「デグレックス」によって。そして、枷の外れたアイツに、一番強い昏い『記憶』を引き出して、幻として、固定した。

 その結果が、今の人間を棄てて狂乱している彼女である。

 しかし、それでも、一歩、届かない。今だって、マスターに蹴飛ばされ、跳ね飛ばされてしまった。

 だが、大丈夫。策は、ある。

 再び蹴り飛ばされたセカンドを追う様に、僕はマスターに、所持していたありったけのナイフを投げつける。

 容易に全て弾かれるが、それでいい。それに紛れて、再びセカンドが切り掛かる。それに合わせて、僕も、マスターに飛びつく。

 落ちてくる刃で、僕の見えない右目を補佐していた杖が折れてしまうが、かまわない。

 それでなんとか、マスターに絡みつく。

 今だ。

 「巫女」に貰った力、『記憶』を触る異端能力で、マスターの記憶を全て消去する。

 けれど、それで終わる程度では『白き夜』なんぞに該当しない。

 組み付いた僕に、致命の一撃が降りてくる。


 私は、小柄の男が投げ散らかしたナイフの一本が私に向かって飛んで来たので、上空に蹴り飛ばし、落ちてきたところを、掴む。

 その瞬間、刹那、全てが、解ける。

 そのナイフを握った瞬間、私を捕らえていた妄執が消え去る。

 ここは、至空市で、私は『緑の地』のセカンドで、ナイフを投げたのはロクで。

 呆けている場合じゃなくって。握ったナイフで、ロクの頭を割ろうとしている私はマスターに切り掛かる。

 何故か動きが鈍っているマスターに、私の刃が当たり、皮膚をこれまでになく深く裂く。

 ただ、それだけで、あの鬼神の様なマスターの動きが完全に止まる。


 異端の力で無くなる記憶と、異端具『異端殺しのナイフ』で裂かれた事で、戻る記憶。その記憶の奔流に、流石のマスターも動きが完全に止まる。

 そんな大きな隙を、見逃すセカンドではない。二度と動かなくなる迄、マスターを刺し殺すセカンド。

 そして、マスターが生き物で無くなった頃。

セカンドも疲れ果て、その場に倒れ込む。

「あぁ、お疲れ様。」

 思わず地に足をつけ、安堵の息と、言葉が口から溢れる。

だが、そうじゃない。僕が、やらなければいけない事は、これから始まる。

「せめて、次に会う時までに、その荒っぽい口調、直してくれよ。」

 そこに「緑の地」は関わらないし、当然、セカンドだって関わらない。だから、「次に会う時」なんてない。

 だから、僕は、立ち上がり、歩き出す。

 叔父に最後に貰った大事な、けれどもう僕には使いこなせなくなった「異端殺しのナイフ」をセカンドの手の中に残して。

 何を犠牲にしても、人生の目的を、果たすために。

 

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