第9話 第六章 暗雲星霜 後編

 この世界のバグたる異端を一匹残らず駆逐する事が、「赤き砂」の目的。

 その目的のためならば、決して手段は選ばない。それが、赤い、血で血を洗う「赤き砂」。

 だから。

 異端を殲滅するのに一番早い方法。それは。

「異端より強い異端者を作ろうと思ってな。」

 老人はそう言った。


 かつて、願いを叶える異端の少女がいた。けれど、その子は、自分の願いを何一つ叶えられず、醒めない眠りについた。

 けれど、それでは勿体無い。

「願いを、叶える」

 異端を殲滅する夢。

 本人が、起きないならば。

 複製を、クローンを作れば良い。

 そう思い至ったそうだ。


 けれど、やはり今の段階では、完璧な願いを叶えるクローンは誕生せず。

 されど、その失敗作は、願いを叶えることは出来ないけれど。異端を、異端者を作り出す事はできた様で。


 あぁ、もっと。

 あぁ、あぁ、もっと。

 ちゃんと話を聞いてからにすればよかった。

 差し出された手を引っ張って、地面に老人を叩きつけて、「ぎゃぁ」だの「ひぃ」だの言わなくなるまでぶん殴ってから。

 僕は血に濡れた頬を手で拭いながら思う。

 でも、仕方がない。

 僕は、おぞましいコイツらの敵になるしかないのだから。


「酷く、思い詰めた顔ですね。」

 マスターに声をかけられる。

 僕が座っているのは、喫茶店のいつもの席。いつもは隣に酔い潰れたセカンドがいたが、今日はいない。

 もう、いない。

 顔よりも、服装が血だらけの方が問題ありだと思うが、突っ込んでこない。

 見慣れているのだろう。

 「赤き砂」の任務を全うするのなら、「014」を今すぐにでも殺すか組織に送らなければいけないのだが、そんなのは二重の意味でどうでもいい。放っておいても、身体を保持するのに不可欠な薬が切れて死ぬか、組織の誰かが殺しに行くだろう。

「…なぁ、マスター。」

「はい。」

「なんで、世の中って、こんなに上手くいかないんだ?」

「そうですね…、それはきっと、君が期待しすぎなんですよ。」

「何に、対して。」

「万事。貴方の人生に、社会の人間に。人間の社会に。そんな物に、期待したって仕方ない。救いは、与えられる物じゃない。負債を他者に押し付けて、求めて、掴むしかないのです。」

「そんなのは、許されるのか?」

「許されないですよ。でも、生きている間は免れている。だから、死ぬ迄に、成したい事は成すしかないんです。」

 グラスに入っている、黄金色の液体を、僕は飲み干す。

「マスター、シャワー、借りていいかい?」

「えぇ、どうぞ。」


 爆音が響き、警報が鳴る。

 半年に一度の、至空教最大の祈りの祭事「篝繋ぎ」。火を灯して、炎とし、祈り清める祭り事は、その終わりを前にして、炎に聖水をかけた折、地獄となった。

 そう、祭りの聖水を僕がガソリンに入れ替えたのだ。

 罰当たり極まりないが、別に神様がいたら、僕はこんなことしていないはずなのでどうでもいい。

 爆音に惹かれて、信者が逃げ惑う神殿内を、僕は駆ける。

 早くしなければ、この建物にも引火するだろう。そうなってしまっては、手がつけられない。

 混乱の最中の甲斐があって、僕を不審に思った信者数人を殺すだけで、「巫女」と呼ばれるクローンのいる部屋に、辿り着けた。


 大きなベット。

 幾重にも天蓋に覆われたその中に、「姫」はいた。

 天蓋を引き裂き、進んだ先、そこにいた少女の前に、ナイフを構えて、立つ。

「オリジナルは、どこだ。」

 おかっぱに切り揃えられた、上半身にワイシャツのみを着たあどけなさの抜けない、----------僕の妹と同じ顔をした、少女に、僕は問う。

 ナイフを突きつけられて尚、少女は微笑む。

「私を、殺しに来てくれたの?」

 殺しに来てくれた。

 意味不明な言葉の羅列。

 得体の知れない笑顔。

「違う。お前なんか、どうでもいい。用があるのは、お前のオリジナルだ。」

「私を、殺してくれないの?」

「よりけりだ。」

 僕は少女に跨り、その首に手をかける。

「オリジナルは…多分此処にはいないわ。私も此処生まれではないし。」

「お前は、どこで生まれた。」

「此処よりは、大きな、水槽の多い、綺麗な施設。それから、此処で私にご飯を持ってくるような、変な格好をした人は見なかったわ。」

 大きい、施設。

「他に、覚えている事は?」

「言葉…かな。此処の人たちより、綺麗な言葉を話していたわ。」

 大都市圏…なのだろうか。この国で、訛りのあまりない地域で、赤き砂の大きな研究施設のある場所。

 絞られるが、まだ、厳しい。

「あとは…。そう、この五月蝿い声を聞いたのは、此処に来てから初めて聞いたわ。」

「五月蝿い声…?ギャーギャー五月蝿いのは信者が喚いてるからだろ。」

「違う。それも五月蝿いけど、それじゃない。セミ…そう、セミって、言ってた。」

 蝉の声が聞こえない、訛りの少ない土地…。

「さぁ、教えたんだから、殺して。私を。」

「どうして、そんなに死にたがる。」

「生きている意味が、わからないから。」

「そんなのは、誰しもそうさ。」

「そう…なのかな。みんな、幸せは飴しかないの?」

「…飴?」

「飴。生まれてから、失敗作、失敗作って呼ばれてたけど、「天啓」をもらって「祝福」を与える様になってから、「天啓」と「祝福」の後は、飴をもらえる様になったの。」

「天啓」と「祝福」…。

「そう。最初は、痛くて、気持ち悪くて、吐き気がして、嫌だった。」


 男の人達は、怖くて嫌い。

 怖いのは感情の色が極端に切り替わるから。

 痛い事を、私に接続するから。

 私に「天啓」を与えて、私から「祝福」を貰う。

 私が体から出す液体は、神聖なモノで、それを体に取り込むと、良い事が起こるらしい。

 初めてそれに気付かれたのは、私の血を浴びた人間がキッカケだったそうだ。

 血に始まり、唾液、排液、------そして、愛液。

 一番、効果があったのは、それだそうで。

 かわるがわる、毎日男の人が来た。嫌で嫌でしょうがなかった「天啓」を貰う行動も、その行為が全て終わった後に、飴玉を貰うようになってからは、積極的に励む様になった。

 拒絶していても、飴は貰えない。

 此処で生きている限り、私の喜びは飴しかない。

 舐めている間だけは、ほんの刹那だが、甘くて、美味しくて、笑顔になってしまう。

 でも、飴を貰うためだけに、生きていて楽しいかといえば、そうでもない。

 この生に終わりが許されるのなら、その方が良い。

「だから、私を、殺してくれない?」

 小さくなった飴玉を、噛み砕く様に。


「…わかった。」

 僕は、その頼み、願いを受け入れる。

「ありがとう。」

「どうやって、やればいい?」

「あんまり、痛いのは、嫌かなぁ…。」

 今、できる限り、直ぐに死ねる死に方。

 僕は、「巫女」と呼ばれる少女を、後ろから抱きしめる。

「ありがとう。」

 少女は、お礼を繰り返す。

「お礼にね、貴方に力をあげる。」

「『異端』の力か?でも、僕はすでに、『幻』を相手に見せる----。」

「うん。それにね、もう一つ。力が持てるように多分私は出来るんだよ。身体負荷が大きくなって、歳を取るのが早くなっちゃうらしいんだけど…。でも、必要なんだよね?私のオリジナルを助ける為に。」

「------あぁ。分かってしまうか。」

「えへへ、紛いなりにも、兄妹だからね。」

 彼女が、笑う。

「私が死んだら、私の血を、飲んで。たくさん、たくさん。大丈夫、お兄ちゃんが望む力が持てるように、願うから。きっと、これくらいの願いなら叶うはずだから-------。」


 今迄、何処かで僕を呼んでいた気がする聞こえない声は、この時から明確に僕に聞こえるようになった。




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