第8話 第六章 暗雲星霜 中編

 今日も、当直。

 あぁ、眠い。さっきまで救急の患者が来ていて、仮眠が取れなかったのだ。

 ったく、ただでさえコチラは、忙しいのに、合間に耳のついた看護拒否する重傷の少女の四肢をサラシで縛り上げ、2階のアタシの部屋で匿って治療しているのだ。忙しいったらありゃしない。

 ま、ひと段落ついた事だし、コーヒー入れて、一服タバコでも吸って、夜食としますかね。

 アタシは赤いコップにインスタントコーヒーの粉を入れ、そこにお湯を注ぎ、砂糖を一杯入れ、そのままそれを机に置き、タバコを吸いに外に向かう。一服吸って、帰って来る頃には、飲み頃の温度になっているだろう。

 暗い廊下を歩き、外に出る。

 喫煙所、なんてもちろんない。

 本当は中で吸っても良いのだが(規則的には良くないが)、夜中に外でタバコを吸うのは気分転換の一環だ。

 建物の陰に行き、タバコを咥え、火をつける。

 あぁ、たまらなくおいしい。

 一本吸い、二本目を咥えたその時、焦げ臭い匂いを、微かに感じる。

 アタシか?

 自分の周囲を見回すが、そんなことはない。

 気のせいか?

 咥えたタバコに火をつける。

 いや。明るい。

 本館と渡り廊下で繋がれているちょいと離れた入院棟を見上げて思う。

 夜なのに、消灯時間はとうに過ぎているはずなのに、病院の中が、明るい。おかしい。

 タバコを踏み消し、救急外来に戻る。

 今日は確か3東病棟、重子が夜勤だったはず…。

 3東病棟に内線をかけるが、繋がらない。話中…?

 いや。おかしい。アタシは再び外に出る。

 コレは、もしかして、燃えている?

 では何故、火災報知器は鳴らない。首を傾げる。

 中に、確認に、行くか。アタシは念の為、消化器を持ち、入院棟に足を踏み入れる。

 中に入り、階段を見上げる。

 コレは…焦げ臭い匂いに混じった血の匂い。

 火災、鳴らない内線、血の匂い、にも関わらず、聞こえやしない人の声。

 階段を登ろうとした時、駆け降りて来る誰かの足音。その正体は、黒くて、赤い服を着た、男。

「アンタ誰や!?」

 アタシは怒鳴り訊く。

 返事は無い。アタシに対しては。

「生き残り発見、駆除する。」

 はっきり聞こえた。

 その瞬間、アタシは消化器を男に向かって噴射し、辺りを白くする。その白い濃霧に紛れ、アタシは消化器で男に詰め寄り、渾身の力で殴りつける。

 良い音と、手応え。

 何かが倒れる音。

 このまま上の様子を見に行くか一瞬悩むが、外来に向け走り出す。

 武器が、足りない。

 手持ちの武器は使い差しの凹んだ消化器だけ。

 それに、普段から使っていない、不携帯の携帯電話をアタシは休憩室に置いて来ている。それで消防と警察に応援要請が必要だ。

 けれど、アタシが渡り廊下に飛び出すと、アタシがいた本館までもが、燃えていた。

 っく!!

 アタシは本館に入るのを諦め、廃棄物置き場に行く。そして、重いし押すとキャスターから「キュラキュラ」と音が鳴るからと廃棄された点滴支柱台と、白い立方体の廃棄物ボックスを一つ手にかける。

 自衛の武器が最低限、揃うがーーーー。

 そこで

「あ。」

 本館の2階に、匿った獣耳少女がいたのを思い出す。オマケに縛り上げていて、おそらく一人で逃げられないだろうことも思い出す。

「あー。ほんっとに。なんなんや。」

 文句を言いながら、両手に荷物を抱えて、アタシは本館入り口へ向かう。

 そこで、アタシは、辛くも燃える病棟から別の出口や窓を使って逃げ出したのだろう、「やめて。」「殺さないで。」と呻く患者数人を惨殺している、黒くて赤い格好をした男達に、出くわす。

 その数、10人弱。

 マズイ。彼らをもう救えないのは元より、流石のアタシでも、3体1以上は、厳しい。厳しいが、諦めたら、生き残れる確率は0%。怯んでいる暇なんてない。

「死にたい奴から、かかってきい!!」

 啖呵を切り、アタシは白い産業廃棄物ボックスを男共に投げつける。

 そして、真っ二つにされる産業廃棄物ボックス。計算通りだ。コレで、中からアレやこれやよくわからない感染物質のついたモンが男どもに降り注ぐ。

かと、思いきや。

 赤い、血の霧が辺りに立ち込める。

 そして、バラバラと地面に散らばっていく、男共。

「なっーーーーーー。」

 想定外すぎて言葉も出ない。

「あぁ、顔馴染みのサービスだ。」

 そこに現れたのは、白髪褐色肌でガタイの良い、アタシの行きつけの店のマスターだった。


「礼を言いたいとこやけど、助けてくれた、わけやないんやろ?」

「そうだな。死ぬ前に、祈る時間を残しただけだ。」

「っは。あいにく、アタシは神さんに祈るより自分で道を切り開くタイプでなっ!」

 いい加減動きにくくて勘に触るワンピース白衣の裾を無理矢理破り、スリットを入れる。

「ったく、『異端なんて一片たりとも生かしておくべきじゃない』なんて極端な思想、改めろって、あんだけ言うたのに、ちっとも改めるつもりがないんやな、アンタは!」

「あぁ。異端物、紅き砂、緑の地、腐った宗教、こうも異端が揃う事はもうあるまい。全て、僕が始末しよう。」

 何分持つかは分からないが、それでもアタシは諦めない。

「ったく、しょうがないねぇ。口で言っても分からないゴンタは、アタシが直々に身体に叩き込んでやるでっ!」

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