第7話 第六章 暗雲星霜 前編

 数十年も付き合いがあれば、言葉の端々から彼の思いが、考えが、大体わかる。

 彼はこの世の中が嫌いで、死にたくて、殺したくって、壊したくって仕方がない、そんな危うい人間なのだ。

 分かったからには許さない。世の事なんて考えても、人一人では易々と変えれるものではないのだから、共に笑える仲間を作るか、晴耕雨読な自分の日々を尊ぶのか、どちらかどちらも選べと諭す。

 私の想いはこの男に、一体何処まで伝わっているのだろうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーー


 ある時、僕は。

 男を殺した。「ソレを人として扱ってはいけない」そんな簡単な掟を破り、機密を、壊れた、壊した機密物を持ち出そうとする男がいて、組織の命令で暗殺した。

 しかし、その男は、問題の機密物を、

「外で、待っていてくれ。必ず迎えに行く。」

 なんて遺言を伝えて、脱走させた。

 今回の話の発端は、ここからだった。


「最終目撃情報は昨日、FJビルの屋上監視カメラだな。」

 新興宗教「アノムの目」に潜入している調査員の爺さんから情報を駅のトイレの手洗い場で聞く。

「っとに、ややこしい事になったなぁ…。」

 電車を乗り継いで、ようやく僕は任務に希望した、このややこしい宗教都市「至空市」に到着する。

 自分のではないターゲットを呼ぶ餌となる杖をつきながら、年中ハロウィンでもしてるかの様な街を歩き、今回の「緑の地」の任務の組まされる相棒の待つとされる喫茶店「白溺」に辿り着く。

 僕の最終目的がある可能性があるこの街での任務だ。足手纏い…ならば捨て置けばよいが、厄介な奴でないことを祈り、店内に入る。

「いらっしゃいませ。」

 褐色肌に白髪でガタイの良いマスターが言う。店内の客は喫煙している妙齢の女性が一人。それと、緑色のラインの入った服を着た少女が一人。

 そして、間も無く僕は、相棒が厄介な奴であった事を知り、頭を抱えることとなった。


 僕の、「緑の地」の構成員としての初任務、それはとある宗教学校の調査だった。

 何でもその学校を卒業した者は、かなりの確率で、卒業した本人が、卒後結婚をし、その母が成した子が、「異端」となってしまう疑いがあったからだ。けれど、そんなのは別に珍しくもない。宗教に関わった者とその縁者が道を踏み外してしまうなんて、よくある話で、要は信じる者は救われず、信じる者は踏み外すと言うことだ。

 そもそも、僕から言わせてみれば、真っ当じゃないから何かに依存して命運を投げ出して全賭けしてしまうのだ。なるべくしてなるというものであろう。

 そんな僕の初任務には、育ての親であり命の恩人である叔父が、「緑の地」での親代わりを頼んでいた男、「暮世 夢久」なる男が相棒だった。

 普段は北の方で異端物の監視員の任に当たっている様だが、「緑の地」に属しているわけでもない叔父の見えざる名前の力であの任務の後も幾度かコンビを組んだのだが-------、まぁ、適当な奴だった。正直最初は嫌いだったが、その適当さから、堅物と言われる僕には出せない解決方法で案件を解決し、習う物があった。

 その一つが、コレ。酒だ。

「モスコミュールお願いします。」

 昼間に待ち合わせた喫茶店兼バーのこの店に入り、席に着くと、注文した。

 間も無く出て来たその液体を、僕は煽る。水に、味が付いているとしたら、きっとこの味なのだろう。

 もう一杯のモスコミュールを注文し、あの初任務を追想する。

 あの日は割と、散々だった。

 男二人で女学校の調査。

 初任務の緊張感。

 読めないオッサンの言動。

 そして、未熟な僕と、破天荒過ぎる自己破滅も厭わない女学生。

 あんな行き当たりばったりでよかったのか、とオッサンに問えば、

「勝てば官軍。」

 と言ってはいたが、見知らぬ女学生を巻き込み、あまつさえその人生の道筋を変えたのだ。僕らに関わりさえしなければ、あの少女はあのままあの女学校で人生を歩んでいたはずなのだ。たとえその果てがほの暗くとも。異端なんぞに関わらずに、生きられる可能性があったと言うのに。

 本人がどう思っているかは知らないが、僕はいつだって、いつだって、思い出しては悔やみ続けた。責任が取れるわけでもないのに、他人の道筋を変えてしまった事に。


 たかだか、梅酒ロック数杯でこの有様ね…。

 昨日と同じ喫茶店でセカンドと飲み始めたのが1時間前。そして1時間経った今では酔い潰れて机に突っ伏して眠っている。

 普段は、嫌々ながらも、暴言を吐きながらも明るく、死ねないから生きている哀れな少女。

 誰も愛情を、無駄な事との意味を教えてやれなかった、最低の経過で最短に答えに辿り着こうとする愚か者。

「モスコミュール、もう一杯。」

 タバコに火を灯し、注文する。

 あぁ、救えない思考を、していたって、誰も救われない。

 1日目には、おそらくこの街の異端を異常に増やしている原因の違法薬物デグレックスを手に入れた。

 2日目には、僕のもう一つの任務である異端物の少女が、並外れた聴覚で杖の音に気がつき僕らの前に現れた事でこの街にいる事を確認した。

 ここまでは、上々。

「どうぞ。」

 右側に置かれるモスコミュールのグラス。それを手に取り僕の前へ持ってくる。

 ふと、気になった。

 普段だったら、絶対口には出さないのに、酔いのせいだろうか。

「どうして、足が悪くないのに杖を?」

 マスターは驚いた表情をする事はなく、短く鼻で笑い、

「お客様と、逆の理由ですよ。」

 と、自分の右目を指す。

 僕が、右目が見えていないことに気づいていた。

 確かに僕は右目が見えない。生まれつき、ではなく、後天的に。数年前、妹-------事故で、異端能力と引き換えに、見えなくなった。

 だが、見えない目は僕の「幻覚」の異端で他人が見たら分からないようにしていたのだが。マスターは気が付いたら。

 この人は、何者なんだ。

「藪を突いて蛇、だったらまだ良いですが、鬼だって出てきかねない時代ですよ。」

 そう言って、マスターは薄く笑っていた。


「怪我、してらっしゃるのですか?」

 いい加減違う店に行けばいいのに、毎日同じ店で飲んだくれる僕ら。

 セカンドが酔っ払い、机に突っ伏した後、声をかけてきた。

 マスターは、今日の戦闘で、僕が怪我をしたのを見抜いたのだ。

 やはり、僕があえてセカンドから離れ、僕が周囲の警戒をしていた時に、「014」は現れた。

 願ったり、叶ったり。

 僕は、この街に誘き寄せたと思われるあの子、を殺す命令を受けていたのだ。あの組織----「赤き砂」から。

 僕は、「緑の地」と「赤き砂」、二つの組織に加入していた。二重スパイ…ではない。「共存」も「根絶」も、どちらの組織の理念も別に僕にとってどうでも良い。

 僕には「探している人」がいるのだ。その情報を得る為に、ダブルワークをしているだけなのだ。

 こんな事をしていると、関わっている人間全てを裏切続けることになるのだが、それでも構わない。何を犠牲にしたって、探さなきゃ行けないのだ。僕の、双子の妹を。

「よく、気がつきましたね。」

 服の汚れは、幻覚で隠していたというのに。

 「014」は、重症は負わせたものの、結局逃してしまった。「先生」に誤った教育を受け脱走した試作機の失敗作とはいえ、組織の猟犬、僕一人ではコレが精一杯だった。

「血の匂いと、呼吸数、コレはなかなか誤魔化せませんから。」

 そう、その重症の代償に、僕自身も酷い怪我をさせられたのだが。

「すごい観察力ですね。」

 タバコも吸っていたと言うのに、匂いが分かるなんて。

「いえ、知り合いの老看護師に比べたら、まだまだですよ。」

「はぁ。」

 世の中、上には上がいるものだ。


「そこまで。」

 4日目の夜、虚無僧を追いかけて消えていったセカンドは大変不安だが任せておいて。というか、傷だらけの今の僕ではセカンドの猿の様な身体能力には追いつけないため、放任したのだが。

 一方僕は、虚無僧から薬を買って逃げ出した若者を追い詰めていた。

「あ、あ、助けてくれ!!」

 追い詰めたまま、制圧し、上に乗り、固める。

「これ、なんなんだ?」

 男の手から奪い取った薬を見つめつつ、知っている事を聞いてみる。

「やめてくれ!!返してくれ!!それがないと、声が!声が止まないんだ!!」

 声が、止まない。

 異端物がいつも聞いていると言われる声。常人はもちろん、異端者程度では聞こえない、幻の声。

 その声は、私達の生まれる前の故郷からの声、と一説では言われているらしい。けれど、その声に身を委ねれば、人は、生きたまま生まれる前の化け物になってしまう。

 いずれ、僕にも明確に聞こえる様になるのだろう。

「どれ、それが欲しいなら、ワシがくれてやろう。だからその子を解放するが良い。」

 現実の、年寄りの男の声。

 新興宗教「アノムの目」の修道服を着た老年期の男が、僕らを見下ろし立っていた。

「何か、御用ですか?」

 僕は睨みつける。

 手っ取り早く、セカンドも見ていない今、コイツをしばき倒してもいい。だが、それをするだけじゃ、開けない道も、ある、らしい。

「お前さん、『赤き砂』から派遣されている016を追っておる『赤き砂』の構成員じゃろ?そんなのが欲しかったらなんぼでもくれてやるわい。」

 …異端を根絶やしたいはずの『赤き砂』の者が、何故こんな異端だけを増やす薬なんて。

「何故、この薬を、持っている。」

「それは当然ワシら『ヘルムの心』が『至空教』の奴らに原料を貰って加工して『薬』作り出しているからじゃよ。」

 話が、みえない。

「昨今の若者は宗教なんて興味ないからの。いくら直営の学校を幾つか持っていたところで、焼け石に水、教団員は減るばかり。だから手っ取り早く信者を増やす為に、薬を使うことにしたのさ。薬で理性を溶かして薬に依存させれば、操り易い信者が生まれるじゃろ?理性が低ければ本能のままに、指示されるままに生き、沢山子を成す。そうなれば信者もねずみ算式に増える、と言う算段さね。」

 要は時代の流れで信者の減ってきた『至空教』が、原料を手に入れたが加工出来ず、薬の加工に長けた新興宗教と共同開発して薬『デグレックス』を生み出し、共同で販売しているわけか。

 それはわかった。賢いゲスのやり方だ。だが。

「何故『赤き砂』がそれに関与しなければならない?」

 僕は問う。

 問うてはいけない事を。

「お金がのう、必要らしい。『至空教』と協力して行っている実験の為に。それはお主が追ってる016もそうだが、『赤き砂』は、クローンを作る実験をしているのだよ。この薬もな、その副産物を加工しているのさ。」 












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