第6話 第五章 老少朝露
僕はこの街が嫌いだった。異端が多く、またそれを囲う様に宗教があり、その 周囲を彷徨く『色』のついた組織。
誰もが救われようとして、誰もが救いを謳って語って、その実誰も助からない。
死ねないから生きている。
生きているから誰かを犠牲にする。
その犠牲者も、生きているなら繰り返す。
天涯孤独の僕に残った最後の居場所、「白溺」が、この世になければ良いと何度思った事だろう。
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そこにいたのは、この街の主要宗教「至空教」の袈裟のおじいさんでなく、新興宗教「アノムの目」修道服の白髪のおじいさんだった。
「なんだ。私、至空教にしか用事ないんだけど。勧誘ならヨソを当たって貰えますか?」
「其方に用事がなくても、こっちにはあんだよ。このアバズレ!!」
いい歳こいて、言葉が乱暴。みっともない。
「お前が至空教の奴らを殺しまくったせいでな、俺達まで動かざるをえなくなっちまいやがったんだ!」
なんだ。やっぱグルじゃん。
そう言って、たった一人だった男の周りに、坊さんの格好をした男達が文字通り沸く。
…信仰の力って、地面から沸けるんだー。ドン引き。
それも、皆、同じ顔。ん?5つ子かな?
「どーだい!!俺の異端能力は!!幻に抱かれて死んじまえ!」
男がそう叫ぶと、5つ子達が私に襲いかかって…来る前に私は修道服の馬鹿ジジイに飛び蹴りを入れ組み伏せる。
「はい、しゅーりょー。」
「な!!」
一瞬すぎて自分でも何故地に伏せているのかわからないのだろう。愚かである。
「あのさー。自分から幻覚だって言っちゃダメじゃん。」
「あ。」
気づいてなかったか。
「ならば----。」
男が息を吸い込む。
コイツ、まさか異端を2つ抱えて-----。
アレっと思ったら、気をつけよう。はい、おもっくそ顔面にビンタを決めてあげる。ワン、ツー、スリー。
「それ、あんまり私に効かないから。それでも私に目眩起こさせたら、二度とそれ出来ないように喉掻き切るから。ok?」
ヒタリと当てられたナイフに、男は涙目で観念する。
「もう、そんな頭も真っ白なジジイなのに浅薄すぎ。そんなんだから現場で戦場の捨て駒にされんじゃないの?」
「大きなお世話だ!!!それに俺はまだ28歳だ!!」
は。
「サバ読みすぎですねぇ…。」
「うるせぇ!!好きでこうなったんじゃねぇよ!!」
「なら何故。」
「教えてやるかよ、ばーか!!」
「ていっ。」
固めていた指の関節の一つを破壊する。
「ぐぎゃぁ!!!」
「とりあえず、まだ20っ回近い拒否権はあるけど、全部折られたくなかったら私の質問にはちゃんとこたえてねっ!」
ボキィっ!
勢いでもう1関節折ってしまう。
「じゃ、一本め!じゃない、三本目!」
掴んだ中指に力を込めると、あっさり
「わかった!!!言うから!!やめてくれ!」
「ふむ…。ありがとう!おやすみ!!」
色々教えて下さった礼に腹に一撃加え、意識を飛ばしてあげる。
三半規管を揺らす異端の根源、やたら老けた28歳爺、巫女と呼ばれる少女-------コイツから聞き出せたのはこれだけの事。
けど。
そんな断片的な役に立たない情報より、コイツの懐から出てきた本ーーーーコレって。
パラパラと懐中電灯の灯りで捲る。ちょっと気に入らないだけで矢鱈滅多に人を殺す内容はーーーなんだっけ。昔、どこかで…。
思い出せそうで、思い出せない。思い出せないが-------もしかしたら、シックススなら、何か知っているかもしれない。ケータイで連絡…は相変わらずつかない。困ったものだ。
そうだ。もしかしたら、あの病院なら、合流できるかもしれない。私は、一度、擦り傷の手当ても兼ね、緑の地の病院に向かった。
煌々と燃える火。熱い、火。
私が病院だと思って、いた場所は、大きな火が揺らめいていた。火事、と言うか火災。それも、大規模な。
逃げる人間達を観ながら、どうしたものか…と考える。消防は…多分誰かがやってくれる…。人命救助…は、柄じゃ無い。一緒に火に撒かれるのがオチだ。やめておこう。
あー、外に出られた人間の手当位なら、いいか。
が、外に出てきている人は、いない。
そして
何故だろう。
周囲に転がる、多くの塊達。
衣類ごと切断された肉の、塊。
それから、散らばる手足。
破裂する音、破裂音。火に撒かれた何かが、4階から落ちたのだ。地面に広がる濃厚な赤。火に撒かれた人間が、飛び降りて逃げようとして失敗したのだろう。バイタルの測定せずとも確定された死。こんなことに時間を使うなら、時間の無駄。
正面から入って逃げ惑う人に巻き込まれるのも危ないと計算して、救急出口へ向かう。
「いい加減に諦めな!アンタじゃアタシには勝てへんでっ!!!」
そう言って、金属の棒…点滴の支柱台を振り回し、何かと交戦している…ババア!?あの外来のお局が、戦っているだと。戦っている相手はババアの啖呵に答えない。けれど、その相手は、男。黒いエプロンをたなびかせた、刀を持った白髪褐色のガタイの良いおじさん。…どこかで、コイツを…。
「ちょっと!!!そこのアンタ!!」
ババアがコッチを向いて叫ぶ。アンタ、アンタと人の事を名前では呼ぶ文化が無いらしい。
「中にアンタが連れてきた子がまだいるんや!ちょいと連れてきておくれ!!!処置室3のベッドやから!!」
そう叫びながら、斬りかかってくるエプロンジジイを支柱台で辛くもいなしている。
ちっ、面倒な仕事を押し付けやがって。しかし成り行きとは言え連れてきたのは私。筋は通っている。本当は憎まれ口の一つでも叩きたいが、そんな局面でもない。
私は火の中にかけ出す。一応「緑の地」配給の服だけあって耐火仕様である。
が、熱い。剥き出しの私の身の部分が焼けてしまいそうだ。
「処置室3ってどこだよババア!!」
片っ端からドアを蹴飛ばしドアを開放する。会いたドアから飛び出すヤツもいれば、時折中で倒れている人間も見かけるがもう遅い。今の私じゃ救えるのはただ一人だけ。見ないふりをし、捜索を続ける。
2階の奥、処置室3、を見つける。あぁ、熱い。
ドアを蹴る直前、中で何かが走る音。
自力でアイツ逃げたんじゃないのか?それでもドアを開け、と言うか蹴破り入室。
割れた窓際に、少女。獣耳の生えた少女。が、髪は、長くない。コイツは知らない。ならばそれは、敵。ナイフを構え、ポケットからそこら辺で拾った石を取り出して投げつける。
相手が躱すであろう方向に向けて、走り出す---が。相手は石よりも早く窓から迷わず飛び降りる。はためく赤い、服。それと同時にどこからか撃ち込まれる銃弾が1、2、3。
横に転がりそれらを躱し、体勢を立て直す頃には、少女はいない。逃げられたか。
よくよく見れば燃えている以上にグチャグチャに荒れた部屋。その中に散らばる、片、片、にく、片…。
ズタズタの服はーーーーー。
そう、か。どう言う訳だか知らないけれど。私達が入院させた、あの名前も知らない少女は、殺されたのか。この部屋の惨状を見る限り、黙ってヤられた訳ではなさそうだけど。
しかし、死んだ人間に思いを馳せてる暇はない。そして今更、来た道を引き返すのも困難そう。
ならば、と私は廊下に走り出す。先ほどよりも、聞こえる悲鳴は減っている。途中、クソ熱くなった椅子を拾い、突き当たりの、救急入口の見える窓に投げつける。割れるガラス窓、そこから身を踊らせる私。
浮遊感と落下感、二つを一瞬同時に感じながらも、ナイフを抜き、下ろす。
「っは!!あかんでっ!!」
後退しようとしたらオッさんを、ババアが支柱台のT字部分で引っ掛け、一瞬、動きを止める。
一瞬あれば、十分。
浅く、感じる手応え。
あのオッさんの顔面に、片目に、浅い傷を負わせる。
その代償に私は蹴り飛ばされ、地面を転がる。
熱くて、痛い。
「アホ!!何で本気ださないんや!!」
怒鳴られる私。
「刺せるもんならとっくに------。」
怒鳴ったのは、片腕の無い、血だらけのババア。
文句を吐きそうなったのを、思わず飲み込む。
このババア、支柱台なんて武器じゃないものを振り回して日本刀相手に立ち回れるなんて、相当強い。それが、こんな状態にされてるなんてーーーーー。
あのオッさん、かなり強い。
二人で、戦って、勝てるかも怪しい。それでも、やるしかないのだが…。
絶望感を感じながらも、ナイフを構えたその時。
焼けている病院の窓からドサ、ドサ、と、男が、女が、落ちて来る。
それらが、口を開いた。
この惨劇を、身体に受けて、焼け焦げた身体で死を目前に感じて、それでも此処からでもまだ救いを求めて条件反射的に、言葉を紡ぐ。
天に至し我らが父よ、心に宿し我らが母よ
殺めねば生きられぬ不出来な我らをお許しください
賜るばかりで、何も生み出せず、何も返還出来ぬ愚かな我らをお救い下さい
どうか、終末の刻、我らが兄妹を、ただ一人でも御救いください
あぁ、あぁ、コレはーーーー。
この忌まわしい祝詞はーーーーーー。
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