第5話 第四章 物換無常
最初の数年は気が付かなかったが、この無表情のマスターにも表情の変化がある。
彼自身の事を聞いても、滅多には答えてくれないが、何処まで本当かは知らないが風の噂で子供の頃、異端物に家を襲われて足を痛めて施設で育ち、その後、結婚して子供を授かるも子供が異端物となり、異端物の子供が妻を殺し、マスターが自分の果てた子供を殺したと聞いた。
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父と、母がいた。
当然、私にだって。いた。
けれど、父の顔は知らない。
何故なら、信者であった母が、その地区の神父に身体を求められ、身体を許し。
そして。私が生まれてしまって。
おまけに、母が、常、宗教に求められ、収めるお金は高額で。
私達は困窮し、そして私は、それが幸せと信じて疑わない母の手によって、戸上学園に放り込まれた。
私が小学5年の時の話がここ迄。
実の親でも、自分の子供と自身の信仰を天秤にかけて、自身の信仰をとって、実の子を売り飛ばすのを知った私は。
神も人も、自身の未来さえも。信じられなくなった。
鈍痛と共に、目が開く。今日も。
1日が始まってしまった。
体は二日酔い、精神は過去に酔い。
二重の意味で吐き気がする。
昨日昼間に購入した解熱鎮痛剤を飲む。1時間後には頭痛は消えて、汚れた夢の名残りも薄れているだろう。
ノロノロと服を着脱し、シックススからだろうモーニングコールはなんとなく無視して、待ち合わせのホテルフロントに私は降りて行く。
「酒臭い。」
「ヤニ臭い。」
出会った瞬間、文句を言われたので即座に言い返す。
「いつもいつも来るのが遅い。」
「女の子は朝とっても忙しいのよ!」
「っは!っはっはっはっは!」
何故か爆笑するシックスス。
こいつ、こんな顔で笑うのか。
じゃなくて!
「…なんで、そこで笑うんだ。」
「いや、だって。女の子って!おっさんの間違いだろ!」
シックススの顔面目掛けてハイキックを決める。
が、笑いながら片手で防がれる。
「くたばれ、陰険野郎。」
「はっはっは。あー。」
ため息ひとつ。
「じゃ、本題か。」
笑うのを辞めるシックスス。
「昨日の奴らのことでしょ?」
「あぁ。結局、ICU入ったけど、死亡した、との事だ。」
仕方ない。あの大出血で、生きてる方が奇跡だ。
「凹まないのか?」
「なんで、凹むのさ。」
「真っ当な人間だったら、さ。」
「なら、尚更凹まない。私は、私が何でできているかを、知っている。」
少し、シックススが苦い顔をする。
気にせず、私は続ける。
「昨日の奴らな、『デパックス』の為、とか言ってたけど。要は、誰かに薬で脅されてたって事でしょ?」
「あぁ。禁断症状も重めのが出てた。切羽詰まってたんだろうな。」
「疑問は、一つ。」
「誰が、けしかけてたか。」
昨日、宗教の悪口を言っていたら襲われたので、街中の至る所で暴言を吐き散らかし、襲ってくる奴を片っ端からしばく案を提案したが、あえなく却下された。
緑の地の方針に反するのと、犠牲が多く出かねないから、だそうで。
組織って、面倒臭い。
そんなわけで、暴言を吐く事なく、街を彷徨く。
歩いてれば用のあるやつは襲ってくるだろう、と。
夏の日差しの中、往来する人々は、自身の目的の為に、行動を起こしている。その目的は、誰のだって、分りはしない。
咥え煙草のシックススが、言う。
「あいつ、追跡しようか。」
往来の端を歩く足取りがおぼつかない、昼間からの酔っ払いに見える若い男を追うように言われる。
「そうですね。」
素直に、従う。
一応隠れつつ、追うが若い男が私達に気がつく気配はない。
おそらく、それだけ余裕がないのだ。心にも、体にも。
何かを必死に探すように、歩いた果てに、虚無僧を見つけ、駆け寄っていく。
何を言っているかは聞こえないが、拝み、縋り、騒いでいる。
少しの間、それをし、男が立ち上がり、走り出す。
多少躊躇いはあったが、とっとと決着をつけたい私は堂々と虚無僧の前を横切り、追う。
「馬鹿…!」
小声でシックススが罵倒するが無視。
男が薄汚い路地を抜け、走っていく。
途中。
転がっている青いゴミ…じゃなくて、フードをかぶった、ボロボロの血に塗れた少女。
様子をみると、息が荒く、意識が朦朧なのだろう。帽子を剥ぎ取り、獣耳二つを片手で纏めて掴む。
「とれない。」
飾りじゃ無いのよ、お耳は。
「君はなぁ…。」
やはり、呆れられる。
躊躇うこともなく、そのまま懐からナイフを出し------私の手を握られる。シックススに。
「駄目だ。」
「どうして。」
厄介の種は、早々に殺して摘むべきだ。
「なるべく、殺す、なんて方法は取ってはいけない。」
「どうして。」
再度疑問の声をぶつける。
「そんなの、自傷行為と変わらないからさ。」
「別に私は痛くない。」
「今の、話じゃない。未来のお前だ。」
「私が私を傷付けるって?なら尚更」
どうでもいい。
シックススの手を払い、ナイフを抜き、振り下ろす。
血が飛び散る。
ナイフの刃が、掴まれていた。
シックススに。
「馬鹿じゃないんですか?」
「馬鹿で、いいよ。人間に、成りなさい。」
私はナイフから力を抜く。
シックススも手を離す。
シックススは血のついてない手で、倒れた娘の脈拍呼吸を確かめる。
「緑の地-----の病院はマズいか。だが、他にあてもないか。」
シックススは幼女を担いで、病院に向かう。
どの道、追っていた男は見失ったのだ。私も渋々ついていく事とした。
「ほんっとに、毎日毎日、仕事ばかり増やすなぁ、あんた達は。」
病院に到着して早々、年老いたババア看護師に呆れられる。
「お客連れてきたんだから、願っても無いことでしょう?」
「大きなおせわや。また残業やんけ。」
ぶつぶつと文句を吐きながら、幼女は若い看護師に任せ、ババアは私たちの前に立ったまま書類を書いている。
「いつもすいません、お世話になります。本部から回収部隊が来るまで、この子のことは可能な限り内密にお願いします。」
シックススが謝り、そっと赤い箱のタバコを1カートン、ババアに握らせる。
「おや、あんたはかしこい子やね。それに比べてこの娘は・・・。」
「『この娘は』、なんなんですか?早く書類をまとめないと、残業、長引きますよ?それとも老眼と手の震えで字もかけないのですか?」
「おや、この汚言症は重症や。どうや?うちに入院して治療しないか?」
「あっはっはっはっは。あんたみたいな御局看護師に面倒見てもらったら、なんの根拠もない看護技術で治るもんも治らなさそうだから結構です。とっとと引退して下さい。」
火花を散らす、私とババア。それを横目に、シックススはため息を深くつくのだった。
「いよっし!もらった!」
「って!おい!馬鹿!」
シックススを無視して、私は3階建ての建造物の屋上から、ナイフを構えて飛び降りる。
その先には、病院を出た後、私たちが後をつけていた若者に何かを囁き、金を貰った虚無僧が一人。
一人になる瞬間を、私は狙っていたのだ。
「ったく!!」
シックススはついてこない。恐らく囁かれて走っていった若者の方を追ったのだろう。それでいい。
とりあえず、一閃。
勘が鋭いのか、男は辛くも避ける。まぁ、殺す目的の一撃ではないので仕方ないのだが。
それでも頭から顔面を覆っていた傘を弾き飛ばす。狙い通り。
その下は、金色に髪を染めて耳にピアスをした不良中年風の男。
「一体何をどう信仰したらその身なりになるわけ?」
ヤンキーおっさんに、虚無僧の和服。んーなんて現代アート。
「お前はなんだよ!!」
私の重要な質問は無視され、誰何される。
「…正義の味方じゃないのは確かかなぁ。」
微妙な答えを吐きつつ顔面に向かって跳び蹴るも片手で防がれる。やはりただの不良中年では ないようだ。
それでもこんなのに負ける私じゃない。
一撃、ニ撃、三撃。
攻撃を重ね、足を払い押し倒す。
そのまま得意の関節を極めて、制圧完了。
「じゃ、答えて。何やってたの?」
「…コレで勝ったつもりか!?」
「そうだけど?」
不敵に笑う男。
そして、響く。
私の耳元で、響く、三半規管を揺さぶる音。
これ、はーーーーーー。
よろめく私を跳ね飛ばし、男は私に背を向け、走り出す。
その背に私は、迷わずナイフを投擲し、仕留める。
「あ。やっちゃった。まっず!!」
眩む頭に耐え、動かなくなった男を触る。
まだ、息はある。さっきの異音からしてコイツが異端なのは確実。このまま見殺してしまってもいいのだが-------。
私はため息ひとつ、「緑の地」の救急隊に連絡するのだった。
そして、本日二度目のお局看護師ババアと口喧嘩を終え病院から出た頃。
シックススに事と次第を電話する。しかし、でない。…仕方がない。帰って、寝るか。このクソ広い街の中で彼を探すなんて、無謀にも程がある。
そんな後ろ向きな前向きさで、わたしはホテルに帰るのだった。
そして、次の日。
「知ってるぞ、お前は、戸がーーーーーーグェ!!!」
きゅきゅっと!
「えっしょい!!5人抜き!!」
なんか言ってた気がするが、遺言なんて聞き届ける義務もなく。
シックススからの連絡はなく、彼も現れず。私は彼がいないのをいい事に片っ端から怪しい虚無僧を見つけては奇襲をかけしばき倒し、病院のお局看護師長が過労死する事を願いつつ、病院送りにしていた。
怪しい虚無僧共は、全員異端者だった。そして、それは揃いも揃って音で三半規管を揺らす異端。
異端が発露するのはその執着から。人の執着は金、女、食etc人によりけり。それなのに全員が全員、統一されている。なんなのだろう、コレは。信仰がなせる技…にしては、虚無僧の中身は信仰心のなさそうなやつばかり。何より、あの腐れ学園と訣別した晩の男供と同じ様な異端である事が勘に触る。
あぁ、倒せば倒すほどに謎は深まるばかりだが、仕方がない。私にできることはコレしかない。だから、この裏で、シックスス、彼が動いている事を信じるばかりだった。
7人目をしばき倒し、病院に電話をかける。-------でない。ベルすら、鳴らない。コレは、もしや、病院の方で何か、あったのでは。と思いを巡らせるが。携帯電話は懐にしまい、虚無僧の時とは違い、私はナイフを構える。
「さて、いい加減音で三半規管を揺さぶられるのには飽きたんだけど。」
そこにいたのは-----------
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