第19話バイク学校がブートキャンプ味強かった話

 雪降る地方の僻地にいた頃、まだ車の運転免許取り立ての若葉マークのボクは、ここらの名物、野生の高速道路をおっかなびっくり車に乗って、いなかった。そう、ボクは免許を取ってから一度たりとも一人で車の運転をしたことが無い。何故ならブレーキとアクセルを間違えてダイナミック入店をする自信があるからだ。そもそも車は4席もあり、自分の体の幅をつかみにくいのもあって運転したくないのだ。 

 というわけで、当時ボクは雪深いこの地方では珍しい原付バイク「昨日」で日本でもなかなかないサバンナの様な景色の道を走っていた。しかし、避けてはいたので大した問題でなかったが、ここらの町は車通りが多いわけでもないのに無意味に3車線が多く、二段階右折をするやり方が分からなかったボクには厳しいものがあった。 

 余談だが、18歳の時に原付バイクの免許を取りに行った際に、教習で「この県には二段階右折するところ全くないから教えないぞ!」と言われ、「まぁ、県から出ないし、通勤以外で使わないしいっか♡」と思っていた為、二段階右折の作法を存じ上げなかったのだ。ボクのせいじゃない。そしてその時は後年、こんな日本を股にかける住所不定になるとは微塵も思っていなかったボク。 

 まぁ、そんな理由でボクは当時住んでた僻地の閑古鳥が鳴きまくってる評判の悪い自動車学校の門をパチンコで勝った十数万を手に叩いたのだった。 

 目的は二段階右折したくないからだけ、なので、小型のオートマの自動二輪の免許を取れればいいのだ。はい。 

 が、早々に小型はやってないと言われ。 

 なら中型のオートマにするかと言うと、オートマは乗れる車種が少ないからマニュアルにしろと言われ。マニュアルなんて乗らないから嫌、と、結構駄々を捏ねたがその押しの強さに負け、渋々中型バイクのマニュアルの免許を狙う事となった。 

 そして始まった教習。 「最近バイク教えられるようになった」と言っていた壮年の先生は、オートマの車の免許しか持ってないボクにギアがどうだのクラッチがどうだのいきなり言い出し、特段ギアがなんなのか、クラッチがなんなのかの説名もなく(教本も貰ってない)、ボクはすでに汎用人型決戦兵器に流れで乗せられた中学生の様になっていた。

 しかし、そんなアダルトチャイルドなボクは一切考慮されず、続けられる教習。戸惑い続けるボク。言われた通りにできないボクにキレる教官。そして教官がブチギレる寸前で終わる一回目の講習…。

 「次からは君の担当教員が教えるから。」とだけ言われ、そのまま帰るボク…。 

 教官が担当になんなら、一から説明してくれるだろう、と期待して臨んだ2回目。

 ボクの担当となった60歳間近のオジサン教員に職業含めた自己紹介も終わって間も無く、「俺、医療に詳しいから。医療従事者と対等に話せるくらい詳しいから。」と宣言され、「レントゲンの取れる仕組みは知ってるか」だの「頸椎って何本あるか知ってるか」だのと問われるボク。いやー、レントゲンはボク取んねーし…頚椎…も何本あってもボクの仕事に関わんないし…うん、知らない♡国家試験でも解剖生理は最初に諦めました♡

 大人なら何を捨てるかを選ぶ、それがボクの座右の銘。

 「わかりません!」と胸を張って言うボク。「お前本当に看護師か?」と首を傾げる老教師。微笑ましい会話…だと思っていたが、コレは医療素人の蘊蓄おじさんが看護師にマウントを取っていたことを後に知る。

 そして彼はボクが入校直後に受けた性格検査の結果を見て、「人との関わりを避けるタイプ…よくない!」などと評価を出し、おまけに「お前はすぐに物事を投げ出すタイプだろ。」と結果に書いてない事まで言い出す始末。陰キャなんだからどれも自然な事なのだ、大きなお世話である。 

 ちなみに、この性格検査、「真面目で融通がきかないタイプ」とボクを分析し、当時の職場で「これ違う人のじゃないの?」「融通効きまくりだろ。」「真面目(笑)」と同僚に散々な事を言われていた。つくづく残念な分析結果である。

 そして始まる本編、教習開始。そろそろクラッチだのギアだのチュートリアルがあるかと思いきやバイクに乗らされるボク。相変わらずワケがわかってないまま進んでいく教習。わからないなら問うしかない、「止まる時とカーブで曲がる時にどちらもクラッチを握るのですか?」と、問うたところ、「止まる時はクラッチ握るんだって言ってんだろ‼︎」と怒鳴られる。…何の為にクラッチを、いや、そもそもクラッチって右だっけ左だっけ…。いや…それよりボクなんで怒鳴られてんだろ…ここってブートキャンプ…?あ、ここ日本のソ連だっけ…? 謎が謎を呼ぶ中、勉強不足を叱られるボク。「何か勉強するのにいい本はありますか…?」と今のところまだ下から礼儀正しく問うボク。彼はようやく教本をまだ渡してない事を知り、帰りに渡すように手配する。そうなのだ。寄越せよ、説明書。万物に関して説明書なんてあってもまず読まないけどもさ。 

 そして続くその次の授業。教習中「S字入って」と言われ、二つある大と小のs字は手前なのか奥なのか、一度入ったが弩級の方向音痴のボクはわからなかったので「手前ですか、奥ですか?」と聞いた所、「車のS字入ってどうすんだよ‼︎」と怒鳴られる。いや、ボクはここの教習所のS字のどちらが車用かなんて知らないし、ここで車の免許を取った訳でもないので怒鳴られる筋合いもなければ怒鳴る必要もないのでは…理不尽が、理不尽を、呼ぶ。そもそもお前さん最初にわからない事があったら訊けって言ってませんでした…? 

 そして彼は常々「バイクの教習は車の横にブレーキがある訳ではないから厳しくなる。」などと言っていたが、貴方が怒鳴る度に陰キャのボクの思考は掻き乱されて混乱するのですよ…? そんないい加減しょげだしたボクに彼は、「ショートカット右折する為に免許取るんじゃねぇえんだぞ‼︎」「わかる言葉で言って分からないなら寝言で言おうか!?寝言の方がいいか?!?」などと追い討ちをかける。あれ…何でボク、自動車学校で煽られてんだろ…。あ、ここ自動車学校風のブートキャンプだったけ…。忘れてた…。

 そして、その日の教習の終わり、鬼パワハラ 教官に「どうだ。」と問われる。ボクの心はもう決まっている。コイツと時間を共有するのを1秒だって減らそう…!!「ATに落とします。」躊躇わず、言う。 

 すると「ダメだ、お前はATをなめている」と返される言葉。 

 はっはっは、ダメか。そうか、ダメか。わかった、ならば、コレしかあるまい。「では退校でお願いします。払った16万円だかもいらないので。」断言するボク。もういいのだ。このエセブートキャンプから逃れられるのなら16万程度悔しいがくれてやろう!!馬鹿野郎!! 

 そんな気前のいいボクに対し、「又そうやってすぐ投げ出す。」「退校は認められない。退校の基準ではない。」などと言う彼。おい。おい。マジか。逃げも出来ぬと申すか。そもそも三十六計がボクの得意技だと把握しているなら何故発動しない方向で教えないのか。「次に来た際に中型AT乗せてやるから来い。」「次来てから考えろ。」そう言って終わるこの日の授業。塞がれたボクの退路。 

 そうか…ならば…ボクは…彼を師事し、卒業まで彼と添い遂げるしかない…わけがない!!嫌なのだ。とにかく嫌なのだ。このすぐ怒鳴るクソジジイとなんてあと1秒だって一緒に居たくない。患者だったらとっくに強制退院か頓服拘束アタックだ。けれど、逃げられない…逃げられないなら、殺るしかない!!!殺るしかないのだ!!

 そして、ボクは、綴り始める。彼と過ごした、長い様で短かったこの数日間の思い出を。一文一文、心を込めて、紡がれる二人きりの時間の全貌…。ボクは、彼の言葉を忘れない…。思い出すだけで鼓動が早まる大事な御言葉を…。

 こうしてボクが綴った丁寧な言葉の苦情のお手紙は、次の授業の開始前に管理者にプレゼントし、それを読んだ管理者は胸を打たれ、間も無くボクの授業回数はリセットされ担当教師は変わり、鬼教官は会議にかけられるのだった。南無。


 で、だ。教官が変わった。30代後半の表裏無さげのスッキリした発達課題を全てクリアできたタイプの先生だった。授業が始まって早々、

「新型のプレステ、余ってたら俺にくれない?」

 と、言っていた所謂陽キャである。

「俺がバイクを好きにさせてやる。」

 と、豪語していただけあって彼の授業は怒鳴る事なく、穏やかで楽しい授業であった。そのおかげもあり、ボクはこの意味不明なマニュアルバイクをある程度乗れる様になった。何も身に付かなかったあの矮小ジジイのブートキャンプは一体何だったのであろうか。

 バイクをこかして、何回か授業用のバイクのパーツを破損させたが授業は順調に進み、最終回、翌日は実技試験であるが・・・。ボクは未だに一本橋だのスラロームだの公道で絶対しない曲芸じみた演目を試験の様に一通り流してやるのは物凄く緊張し、一度も成功していなかった。咄嗟の土壇場なら幾度も潜り抜けては来たものの、来るべき予見されたハードルは苦手なのだ。

 まぁ、ダメなら何度でも受ければいい、位の話を教官としていた後、ふと何故看護師になったのかを聞かれ、

「看護師なんて職業、死ぬほどなりたくなかったですが、とにかく家から出たかったので、病院奨学生って悪魔の奴隷契約で全て自分一人で賄える看護学校に行きました。最終的に一回試験に落ちたら総額700万の借金が降りかかってくるから国家試験当日は言葉も話せない位緊張しました。」

 と、答えた時、気がついた。

 所詮この試験は落ちたところで大したデメリットはないのだ。700万なんて馬鹿げた額の負債はかかってこないのだ。奴隷として木造の廃墟を住居にして超絶薄給で病院で掃除係にされる事もない。

 ならば何も恐れることはないではないか。

 そんなわけで。試験当日はビックリする程リラックスして試験を受験、坂道発進で一度若干のミスをした気がするのだが、それだけで難なく合格できたのだった。700万をかけた大ギャンブルをした経験も捨てたもんではない様である。

 晴れて中型の自動二輪の免許を手に入れたボクは、とりあえず予定調和で絶対走れない公道ではマニュアルなんて四肢ガッチャガチャに動かすスーパーマシンには乗れないし乗る気は無いので、マニュアルバイクはこれで生涯乗り納めとなるのだった。

 

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