第18話お局を狩った話(−1)

 看護界には、どこの職場でも必ず約束された呪いのような定めがある。それは「お局」の存在である。基本的にはその性格の悪さから友達がおらず、曰ゆる私生活が充実していない女性がお局と化す事が多いが、あくまで多い傾向なだけで、男のお局(皆一様に器が小さい)も存在している。そんな彼ら彼女らが、一つの病棟につき最低一人は存在しているのだ。「お局」は野生動物のように気性の変化が荒く、役職者よりも内政に関わる謎の権力を持ち、獲物を見つけると気の済むまで揚げ足を取り追い詰める。また、その獲物も気分次第でコロコロ変わり、周囲の職員は獲物とならないように、媚びる、逃げる、威圧する、寝首をかく、等各々の立場で選択可能な正義で身を守る為に振る舞わなければならないのだ。彼等彼女等さえ存在しなければ、看護業界の人員不足はかなり改善されるのだろうが、一人お局を退治しても、新たなお局は必ず現れる。正に呪いなのだった。

 そんな「獣」にボクが初めて遭遇し、その内二匹目を駆除した時の話をしようと思う。

 4月、ボクは地獄の様な看護学校生活を潜り抜け、希望を信じて極悪ブラック病院の看護師となってしまった。そんな中開かれた、ボク世代の歓迎会。場所はチェーンの居酒屋のカラオケルーム。「いの1番」の名を冠したロッカーに靴を預け、会に参加する。すると、そこで酒をガバガバと飲み、気を大きくした老女がいた。そう、その人がこの病棟の二大お局の内の一人。鶏ガラのようにカリカリの体型を自慢する事から、鶏ガラから文字り「ガラ」と呼ばれるお局だったのだ。

 酔った彼女は普段から悪い口を尚悪くさせ、ホラ成分多めの自慢話をしながら参加者に鬱陶しく絡んでいく。どんどん重くなっていく歓迎会の空気と反比例するように軽くなっていくガラの口の滑り。そして、2時間プランの終わりの迫った頃、その矛先はボクに向いた。

 学生時代から、突き詰めれば高校時代から看護助手でその職場にいたボクは、実家との関係が劣悪なことは周囲の事実だった。実際まだ坊やだったボクはそこ等辺に触れられるとブチギレ、周囲にタブーな事を知らしめていた。のにも関わらず、酔ったガラは「親不孝」だの「誰が育てたと思ってんだ」だのと言った、視野の狭い幸せな頭の人間の吐く暴言を堂々と浴びせ続けた。その顔面にお冷を一発ぶっかけてやろうかと考えもしたが、すぐキレる事で悪名高かった若き日のボクには珍しく耐えていた。

 で。耐えてたんだけども。最後にカラオケをしましょう、と言う事になり、お局の悪ノリに乗った次期お局となるオッサンがこちらに向けて「ふるさと」的なタイトルの親が子を思い偶には連絡しろ的な歌詞の歌を歌い出した。一番のサビまでは耐えた。怒りもここまでくると怒りどころか笑ってしまう。すくっと立ち上がったボクは、幹事に「今日はありがとうございました。」と笑顔で囁き、そのまま勝手に立ち去ったのだった。

 余談だが、そしてそれ以来ボクはこの職場の酒の絡んだ集いの数々を「祖母の葬式」と「宗教的儀式の為」を交互に使い、躱していく様になったのである。

 で。そこからボクは暫くガラに目を付けられ、揚げ足を取られる様になったのだ。とてもとても面倒だったが、暫く耐え、ある時、あっさりターゲットは別の人になったのだが。そしてそれ以降ボクがターゲットになる事は無かったのだが。ボクはこの恨みを忘れないまま、二年ほど胸の内に大事に大事に温め続けたのだった。

 そして、二年が過ぎた。ガラはまだ病棟に存在した。入院をふれば「他の人にやらせて」と逃げ、仕事を一切せず詰所に居座り他者の悪口や自慢話を言いまくり病棟の空気を悪くし、根拠の乏しい看護スタイルで周囲を引っ掻きまわし、入浴担当の日はズル休みをし、新人が入れば辞めるまでいじめ続ける悪行を繰り返していた。誠に以て仕事の邪魔だった。この際仕事を出来ないのはどうでも良いが、邪魔をされるのが誠に不快だった。

 そんなある時。病院の更衣室に経営者にお手紙が直接届く「目安箱」が設置された。現場の見えない経営者サイドが広く職員の話を聞く為、と謳われて設置されていたが、厄介ごとに関わりたくない職員たちは特に書を投函する事もなく数ヶ月がたっていた。

 で。そろそろこの胸の恨みが張り裂けそうになっていたので、志を共にする先輩看護師と一発仕掛けることにしたのだ。

「最近入職した職員ですが、この病院の職員の方で怖い方がいます。その方は経営者が子供の頃から知っており、私の言うことは全て聞いてもらえると言っています。その方には常日頃責められる事もあり、この職場でやっていけるか大変不安です。」

 的な、新人を装った弱者からの苦情の手紙を筆跡でバレない様にパソコンで思いを込めて綴り、印刷し投函。先輩も別の文体で同じ様な内容のガラの悪行を認めた手紙を作成し投函したのだった。

 で、翌月。ガラは飛んだ。病院から遥かに離れたデイケア施設に流される事となったのだ。そしてその命が降りた時こそは凹んだ様子だったが、病棟の人格者老看護師が放った「あなたしか出来ないお似合いの職場。看護師があなた1人なんて、まるで管理職じゃないか。」と言う嫌味を、その頭の悪さから良いように受け止め、嬉々として島流されて行ったのだった。悲しむ者はいなかった。

 その後、ボクがもう1人のお局を駆除していた事もあり、病棟から2大お局は消え、お局候補だったオッサンがお局と化したものの、今までよりは若干平和な職場となったのだった。

 で、後年。島流されたにも関わらず、「まるで管理職じゃないか。」を鵜呑みにして数年島流先で居座り、島流先からも苦情が溢れたため、めでたくガラは病棟に返品される事となった。しかし、やはり返品されただけあって、再び病棟でその悪逆の限りを尽くし、最終的にはクビとなった。その際には手切れ金の100万を握り締めて去って行ったらしい。つくづく幸せな女であった。

 この経験を通し、ボクは「お局」は倒せる、そう学んだ。そして、トラブルナースとして旅に出た後、行く先々でお局と戦っていく事となるのだった。

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