第17話葬式に参加しない話(+1)

 「祖母が倒れました」と、故郷からメールで連絡が入った、僻地病院にいたあの日。そこから始まるドラマがあった。

 上司の施錠忘れを施錠して帰ってきた夜勤明けにそんな連絡が入ったのだが、面倒なのでとりあえず見なかったことにして、午睡をする。睡眠不足はお肌の大敵。

 何が面倒なのかと言えば、向こうはどうだか知らないが、いや、向こうもそうであって欲しいのだが、ボクは18歳で家を出る時に永訣を心に固く決め、不本意だが世間一般的には「実家」と称される場所を出てきているのだ。なので、当然葬式に参列する気は一ミクロンもない。

 そして、同日暮れ方、姉からの連絡が。面倒がもう始まった。アパートの部屋の壁が誠に薄いので外に出て、行かない旨を努めて冷静に説明する。理詰めに。ヒスられてガッチャンされる電話。うむ。面倒。間も無くかかってくる、実家からの電話。重ねて冷静に冷酷に、参列しない旨を説明。

「いいからとりあえず上司に葬式になったらいくかもしれない旨を伝えろ。」

 と、だけ言われた。あとは、私の押し切りで不参加ゴリ押しで終話する。

 電話を切ると、上司から連絡が入っている。どうしたのだろうか。

「朝使ってた倉庫の鍵がないの・・・。」

 と。私は鍵を使わないで錠前を閉めたのでそこに関してはノータッチなのだが。わからない旨を説明。

「そう・・・。」

 と、残念がる。

 ここで終話にしてもいいが・・・このタイミングで連絡がついたのも何かの必然だろう。祖母が危篤になっているので万が一どころか億が一葬式になったら参列するかもしれない旨を説明してみる。

「おばあさんどこが悪かったの?」

 ・・・あぁ、揉めることに全力だったのでよくよく聞いてなかったなー。

「心筋梗塞だか脳梗塞だかで・・・。」

 大きな違いである。まぁ、専門家じゃないのもあってボクは尚よくわからないのだが。

「はぁ・・・。お年は・・・?」

 知らぬ。なんせ昨年偶然で一日だけ会っただけで人生で一度しかお会いしたことがない。

「いや、ちょっと、人生で一度しか会った事がないのでわからないです・・・。」

「・・・え。・・・そう。」

 おう・・・。全部事実なんだけど、電話先でものすごく不審な顔をしてるだろうことが容易に想像つくよう。まぁ、いつものことなのだが。

「ま、まぁ、実際に葬式になっても九分九厘行かないと思うので大丈夫ですので。」

「行かないの⁉︎・・・ま、まぁ、勤務の都合とかあるから、気が変わったら早めに言ってね・・・?」

 終話。

 いや、これもしかしてズル休み希望だと思われた・・・?説明まずったかなー・・・。

 気がつけば、ボクの現在位置は家の近くの海にかかった大きな橋の上。風のない真っ黒な夜の海を見下ろしながら物思いに耽る。祖母との思い出が胸をよぎる・・・事もなく、そもそも思い出が24時間分しかないのでよぎり様もなく、とりあえず不審を買いまくった上司には信じてもらう為に、18歳で家を出てきた経緯をマイルドに説明するか・・・。熟慮の上そう思い、家路に着こうとした時、オセロの様なカラーリングの車が、通り過ぎていく。そして、華麗にUターンを決め戻ってくる。うーん、デジャウを感じる。

 シックなオシャレカーから降りてくる硬い制服の男が二人。

 私は鎮痛な面持ちで両手を上げ、問う。

「職質ですよね。免許証、出していいですか?」

「・・・はい。お願いします。お兄さん、慣れてますね。」

 警察の方に、褒められる。全くもって嬉しくないのだった。


 そして、休みを1日挟み、出勤。上司に先日の意味不明な電話をしてすまなかった旨を謝罪。そして、全てを話すと10万字ほどになってしまうので、ボクが高校時代終盤には学校に行かず家を出て、病院の寮に入り働いて自分の生活費を稼いでいた辺りからボカシつつ核心は分かるように極めて短く纏めて説明する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 絶句。

 あれ、私、失敗しました?(後日、経緯の全てを知っている高校時代の恩師達に、このあたりの「葬式参列にあたり経歴をざっくり説明した。そして不審を買った。」と、話をすると「だろうね。」と皆口を揃えて言っていた。)

「・・・ま、まぁ、参加することになったら、早めに、ね・・・?」

 と、困惑した顔をされて話が終わる。尚不審を買ってしまった誠に不本意な結果である。

 一体どう説明すれば良かったのだろう・・・と、物思いにふけながら日勤をしていると、「夜に電話ください。」と、実家からメールが。悩みの種が大きくなる。最っっ高に面倒。

 上の空のまま、以前から参加を指名されていたここの病院の盤上防災訓練とやらに参加する。

 何やらウダウダと間延びした司会進行で当院の火事の際の防災体制を説明している。が、こちとら盤上どころか実際に有事真っ最中なので当然上の空である。進行が下手クソな事以外一切頭に入ってこない。

 そして、ウダウダとした説明が終わり、座らされている卓で盤上演習が始まる。が、そもそもボク自体短い契約期間で人材派遣会社からの派遣社員なので、こういった正社員の教育の場で目立つのも間違いなので、存在感を消して参加する。

 まずは、自己紹介のようだ。ベテランの定年間近の女性看護師が「司会やりまーす。」と年甲斐のない軽いノリで司会に立候補する。そして自身が看護部長室付の役職者だと名乗る。そこに、ボクは夜勤で聞かされたとある怪談を思い出す。「看護部長室にはパワハラをしまくり退職者を沢山出したヤバい封印された役職者がいる。」といった話を。まさか、こんな所で遭遇するとはーーーー。

「◼️◼️科所属、派遣の看護師、可出です。よろしくお願いします。」

 ボクが所属科を言った途端、司会の女の目つきが変わった気がする。そう、その封印された伝説の看護師は私の科で猛威を振るっていたらしいのだ。

 全員の自己紹介が終わった。火事の盤上訓練が始まる。司会の女が一人一人話を振り、意見を求めるスタイルの様だ。そして3人目、即ボクが指名される。

「じゃ、貴方、リーダー役ね。リーダー、夜勤帯で火事を見つけたらまずどうするの?」

 そしていきなりロックオンされており、謎の盤上リーダー役に就任させられる。あの、派遣の看護師を火事の時に責任者にするって、やばくなぁい?口から疑問が出そうになるがとりあえず飲み込む。

「患者の安全確保及び、その勤務時間帯の最高責任者に報告します。」

 などと、至って常識的に打ち返す。

「勤務時間帯の最高責任者ってどこ?」

 知らねぇよ。普通の病院なら管理職が当直してるからそこに報告すんだよ。ボクはこの病院の連絡系統とか勤務体制とか派遣だから知らないけど、まずもって派遣社員が正社員差し置いてリーダーになる事なんてないから尚知らねえよ。

「普通の病院でしたら管理当直者ですね。」

「さっきの事前の講習で言ってたから、思い出してみて。」

 尚知らねぇよ。こちとら架空の患者の蒸し焼き焼よりも実の祖母の窯焼きの件で頭一杯なんだよ。そんな中であんなダラダラした要領を得ない説明聞いてられるかよ。

「すいません、わからないですねぇ。」

 と、柔らかく答える。

 すると、周囲の人が困った(風)のボクを助ける為にボソボソ言い合い、「本部」とやらでアンサーがすむ。

 が。

「ねぇ、リーダー?患者さんの安全確保はしないの?」

 と、またまた問われる。

 言ったよっ‼︎いっちゃん最初にボクそれ言いましたがな‼︎なんなのだろう、このクソババアは。けれど、こいつがボクの推理通り封印されし伝説の魔物なら、おそらく人格が残念な感じなので、立ち向かうだけ無駄。処置もなし。大方古巣の人間だから虐めたくなったのだろう。地の利は魔物にあり、勝ち目はない。だから、ボクはその土俵には残念ながら乗らない。あと、リーダーって呼ぶなババア。

「あはは、そうですねぇ・・・。」

 と、だけ言って、はぐらかす。そして思いっきり下を向く。すると魔物も諦めたのかようやく別の人に話を振る様になる。ボク以外には一回ずつしか話をふらないのが誠に遺憾である。

 再び祖母の焼き加減について思考をループさせていると、

「はい、リーダー、こんな時どうするの?」

 矛先がまたボクに向く。何故だ。それと、だからリーダーって呼ぶなクソババア。最早話を一切聞いてなかったため、小首を傾げ可愛らしく微笑んでみた。怪物の想定の斜め上をいった反応だったらしく、そこでヒルみ、丁度グループワークも終了する。

 で。何やら総括をし、この不毛な会が終わる。そしてボクを含む入職後間もない職員数人が集められ、舞台を外に移し、消化器を使った消化訓練が始まる。

 とっとと終わらせて帰ろうとしたその時、視線を感じる。非常階段を見上げると、先ほどの伝説のクソババアが、ボクを見下ろしていた。

 なんなのだろう。なんなのだろう。もしかしてボクのファンなの⁉︎それとも恋しちゃったの⁉︎

 恐怖感に包まれながら極上に上の空で消化器をぶちまき、とっとと訓練を終わらせ、自分の病棟に逃げ帰る。正規の帰棟ルートは妖怪が塞いでいた為、フィーリングで別の道を選び帰って来た。おかげで他部署に2回ほど迷い込んだがボクのせいではない。妖怪のせいなのだ。そうなのだ。

 その後、残務をそそくさとこなし、定時に逃げ帰り、実家との2時間の対話をし、「嫌ったら嫌。絶対嫌。誰が死のうが葬式なんぞ一生行かない。」と言う事を大人の口調でゴリ押し電話を切る。

 たかだか葬式の話、それも参加していないのに、こんな文字数になるような人生に自分でも驚く今日この頃である。

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