第15話 離島からの超リアル脱出ゲームの話(+1)

 年が明け、ようやくボクはこの僻地の離島から脱出する事ができる。出勤日の翌日には島から脱出したいので年末から引越し業者は手配した。最高に僻地だけあって、引越し代も20万円近くなったが、それも全額派遣会社持ちなのも再三確認済み。ボクに何も不備はない。これで気持ちよくこの24時間営業と無縁の陰気な僻地ともおさらばだ。

 引越し2週間前、船の都合で、ボクの愛車、三輪バイクの「経世」がボクを置いて先に本土に帰って行った。年末からいきなりバッテリーが上がったり、物凄く手が掛かったくせに、あっさりボクを置いて帰るなんて…おかげで通勤の2キロが歩きとなったが仕方がない。

 そして、引越し&退職1週間前。引越し業者から電話が来る。

「船が手配できなかったので、荷物を撮りに行く日付変更を・・・!」

 だと。1ヶ月前から予約しとんのに船取れないとはこれ如何に。が、ここで揉めてもしょうがない。日付変更、明日荷物出しで話をまとめる。

 こうして、最低限の着替えと布団とティーポットを残して、他の荷物もボクより先に本州に帰ってゆく。悲しいけど、暫しの別れだ。また会おう。

 引越し2日前。

 昼当番でもう一人の看護師と患者達の食事を見守っていた所、おかしな咳をしてるのが一人。

 「もー、大丈夫かい?」

 効果があるんだかないんだか知らないがとりあえずタッピングをする。が、なんか変。顔を見る。唇の色…悪くない?でもこの人、いっつも唇の色悪いからなぁ…。判断に困る。けれど、ボクの本能が告げる。コレはヤバイと。そうだ、ボクは過去、鈴カステラでこうなっている患者を、数人見た事がある。これはーーー

「喉詰めてるよ!!応援呼んで!!」

 そう、窒息死寸前。もう一人を応援呼びに使い、ボクは異物の喀出に努める。大丈夫、過去に齢70近い柔道の師匠で練習した。思い出せ、あのハイムリックがクリティカルヒットして苦しんでた師匠の姿を。コツは、脇腹を挟むようにして搾り上げること------えいっ。

「ぐえっ、ぐえ!!」

 患者の口から一口サイズの鶏肉が飛び立つ。やっぱ、詰めてたか。対処が早かったため、バイタル異常なく経過観察と事故報告書だけで事が済む。

 いやー、よかったよかった…って、なんでボクちゃんと命を救ったのに事故報告書書かされてんだろう。解せぬ。この半年この手の事故が一切なかったのに、このタイミングでボクにヒットしたのがもっと最も解せぬ。

 そんな首を傾げながら事故報告書類を作っている折、派遣会社から電話が入る。

「引越し代、やっぱり全額支給じゃなかったです!8万円負担してください!」

 おい。コラ。再三確認したにも関わらず、ギリギリにコレ。おおらかな事が長所のボクが、珍しくキレる。けれど、大人のボクは決して怒鳴らない。怒鳴ってしまってはパーフェクトゲームは狙えないのだ。

「とりあえず、引越し業者変えて値段下げたらどうでしょうか?」

 派遣会社のバカ担当がいけしゃあしゃあと言う。

「バイクも荷物ももうとっくに発送いたしました。」

 勤めて丁寧に伝えると、担当は絶句している。が、絶句したいのはボクの方である。それでもボクは、言葉を紡ぐ。何事も穏やかに話し合わないと解決しない。さぁ、気の済むまで語り合おうではないか。

「あの、入職前も、12月も、引越し代が全額支給される事、再三確認致しましたよね?ですのに何故今更になって話が変わってくるのでしょうか?お教えくださると幸いです。」

「いや、あの…。ちょっと、確認をしてからまたご連絡をさせて頂いてよろしいでしょうか…?」

「はい、是非ご連絡をお待ちしております。」

 一旦電話が終わる。

 後、家に帰ってから、メールで引越しの領収書をくれ、と言われたため、メールで領収書を送りつけてやる。ダメおしにまだ交通費等上乗せがある事を記し、さらにそこに、万感の思いを乗せて、言葉を綴る。

「最終的に私が負担する金額がどうなるのか、金銭に関わる事なので、確実な返答を早急によろしくお願い致します。

 また、事と次第によっては確認したいことが沢山ございます故、この件に関する苦情の窓口も教えて頂けると助かります。」

 うーん、なんて丁寧、星5レベル。ブラボーです。

 その返事には、「明日お電話します、すいません。」との事。

 苦情窓口については教えてくれなかったので、また明日ご連絡頂いた時にお尋ねしましょう。ネットを見れば即分かるのですが、やはりそれでは趣がございません。

 

 で、翌日。爽やかに朝シャンしようとすると、家のお湯が出ない。ボクの僻地脱出に合わせて、10年に一度の寒波が、この僻地を襲っているのだ。寒い部屋を寝袋だけで乗り切ったボクから、荷物どころかお湯すらも奪うのか…!!こんなに温厚で素直で優しい好青年に、神と言う奴は何故試練を与え続けるのか…。許せぬ。

 お湯なんぞでなくったて死にやしないし、一応水流して寝たのに凍結しやがった水道管の安否なんぞもうじきこのワンルームを出るボクには関係ない。お湯のことはもう諦めて、日勤に出る。

 お昼休み、スマホにお待ちしていたお電話がかかってくる。

「はーい、もしもーし、可出でーす。ちょっと準備するので、お待ち下さいね♪」

 そうご機嫌に言って、病棟の空いてる個室へ。心落ち着けて椅子に座り、スマホはテーブルの上へ。そして、モードをスピーカーにし、隣にはそっと録音モードのスマートウォッチを添える。おもてなしの準備、完璧です。では、いざ、デュエル!

「もしもーし♡」

「あ、ワタクシです。すいません、お仕事中大変失礼致します。」

「いえいえ♪」

「あのー、帰りの渡航費に関しては、すいません、全額うちの方でお支払いさせていただきますので、大変申し訳ございませんでした。」

「はい。」

 2文字で迷惑かけられたことを全力で肯定する返事をする。全額支払って頂いて当然です。当然ですが、味気ない。もっとスパイシーな事態を想定して、色々コイツのこの件以外の失態の証拠も準備して公的機関にご連絡も取る算段もしていたというのに。ところでコイツちょっと涙声な気が。まぁ、職場に8万の損害を出したのだ、おそらく上司に絞られたのだろう。かわいそうに。

 そこから話題を逸らすかのように、手続の話題へ。そしてもっと逸らすかのように、最近入った私の後釜の派遣看護師の話題に移る。茶を濁そうだなんて、コイツ…さては反省してないな?

「新人さん、どんな感じでしょうか?」

「さぁ…一緒に勤務してないのでわかりません。」

 いや、多少分かってはいるが、この無能な派遣会社の男に伝えたくないだけなのだが。

「ただ少なくともこの新人さんも、他の派遣の看護師も引越し代、全額出ると勘違いしてるでしょうから、ちゃんと納得のいく説明をした方が良いと思いますよ?」

 嫌味120%でそう言い、電話を切る。さ、コレで引越し代支払われなかったときは、どうお料理しちゃおっかなー。ま、でもとりあえずは録音データで言質もとったし解決解決!やはり人間、心を開いてよくよく話し合えば分かり合えるのだ。怒鳴るだけが正攻法じゃないっ。

 そうして、別れを惜しまれながらその日の勤務を終え、送別会もし、この日は終わる。

 で。この僻地を離れる日。トイレの床が水漏れで腐った部屋のお湯は相変わらず一滴も出ないまま。

 仕事道具と寝具、送別の品を段ボールに纏める。あとはコレを運送業者でボクの拠点に送って、飛行機に乗るだけである。

「寒波の影響で船が欠航してるので、荷物の受付は一切しておりません。回復の見通しも立っておりません。」

 無情にもこの僻地の運送会社は全て集荷を停止していた。なので今日、荷物を送ることはできない。けれど、この段ボール3箱分の荷物を持って飛行機なんぞ絶対に乗れはしない。

 どうにもこうにもいかないので、僻地病院のご厚意で、後日運送会社の集荷が開始され次第着払いで送って貰う運びとなる。ありがとう、僻地のお人…!!

 そして、財布とスマホ以外一時的に全てを失った状況になりながらも、立ちはだかった問題を全て乗り越えて、ようやくボクは飛行機に乗り込む。飛び立つ飛行機と、小さくなっていく僻地の離島。

 離島の過ぎ去りし半年間の日々を思い出し、心に浮かぶ感動の言葉はただ一つ。

「二度とこんな島来ねぇよ…!!」


 こうして無事に脱出する事は出来たと思われたが、引越し業者が更にポカをしていた為、私の元に荷物が全て揃うまで、今しばらくの時間がかかり、もう一戦争いが巻き起こるのだった。

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