第14話うっかり隔離されちゃった話(+1)
次の派遣地は、北の果てだった。その病院は日本最低の医療レベルと言っても過言ではなく、地域自体も医療が間に合っておらず、若者が去るのと共に老人が次々に天に昇るので過疎がすごい速さで進行しているのだった。
その地域の病院には、以前派遣で就職していた事があり、「過疎地域の医療を、ボクが救わなきゃ・・・‼︎」と言った熱い使命感に駆られるはずもなく、顔馴染みの職員が多いから仕事楽だし、カニ食べたいから行くか、くらいのウルトラ頭の悪い理由だった。
高速道路は運転技術が半人前なボクには怖いから嫌なので二週間ほどかけて、西から北に向けてバイクを走らせ、途中、AIに騙され1日で約400km走らされたり、生まれて初めて会った事のなかった祖父母に会ったり、初めての船旅もし、熊牧場からのにゃんんまげとの邂逅をしたり、時期が路面凍結寸前だったのでビビりながら大きな峠をこえたり、就職先の院長が死んだ訃報が突然入ったり、日数計算を誤り何もない田舎で3日間足踏みしたり、した所からの、移動しながら二泊し、なんとか就職先の病院にたどり着いたのだった。
今回の住居は、病院の寮がいっぱいだった事もあり、部屋が3つある大きなアパート、おまけに家の家具まで新品で買ってくれるそうだった。まさに至れり尽くせり。
そして、就職先の病院に寄り、流行病の検査を行う。このド田舎ではド田舎だけあって未だにニュースで話題のヤバい感染症が数ヶ月に一回しか出ていないのだ。そしてこんな医療後進地域でこんなものを広めると高齢の患者どころか高齢の職員しかいないため、ジェノサイディングな事になってしまうから念入りに検査を行なっていたのだ。
で。診察室で検査を行う。体調は快調、なんの問題もない。おまけに、日本全体で見ても今は終息している時期で、この地方全体で見たって2桁しか感染症が出ていない。何も、恐れることはない。
しばらく待った後、硬い面持ちの外来看護師に診察室にボクは呼ばれる。
・・・なんだろう、なんか、空気、硬くない?
診察室に入ると、アクリル板で囲われた医者が、哀れみの目をしている。
「・・・可出君、陽性でした・・・。とりあえず今から案内役の職員以外他の職員と接触しないで、住むアパートに行って。大丈夫だから。」
「え、陽性って、ええええええ。」
驚いているまま、診察室を出され、そのまま外に放り出される。
で、とりあえず案内役の職員と共に新居へ行く。
部屋に入ると、広い部屋は、家具一つなく、ピカピカの真っさらな状態だった。
「いやー、今日これから家電入れる予定だったのに、接触できないから入れられないねー、困ったねー。」
案内役の職員の男が他人事のように困っている。コイツはなんとか仕事をギリギリにやれば良し、レベルの病院きっての無能なのだ。
その男の功労で、ボクは、これから10日間、ここに隔離されるのだ。家具が、家電が、一切ないこの部屋で。それどころか食糧だってない。ネット環境だってもちろんない。完全に隔離室状態である。
とりあえず、途方に暮れていると、保健所から入る電話。これまでの行動履歴を、全て教えろ、と言う。あまり今回の感染症の件でまだ動いたことがないので、なんとまぁ気合が入っている。
で、行動履歴。西を出て、北に至るまでの壮大なボクの旅のドラマチックな二週間を説明させられる。まさかなんとなくつけてた移動経路を記した日記がこんな形で役に立つとは。
当然、保健所の方ドン引き。電話先であんぐりしているのが容易に想像できる。
「どこ行ってもINNに泊まってますけど、好きなんですか?」
と、半笑いで感想あり。えぇ、朝食無料だし駐輪スペースあるし、ポイントあるし、大好きなんです、INN。いつも旅先でお世話になっております。
で。家具も家電も食料もない吉幾三状態であることを伝える。
尚、ドン引きする保健所の方。うん、こんなパターン日本中探してもそうそうないと思う。
「ま、まぁ、病院の方が面倒見てくれるそうですし、きっと大丈夫ですよ。ホテル泊も検討してみますから。」
と言われ、長々物語を語らされた電話が終わる。
さて、ギガ数の少ないスマホでできることを考えますか・・・。とりあえず、電気水道ガスは辛うじて通せた。この時期の雪国の生命線、暖房も奇跡的に通せた。後は、バイクに積んでた寝袋があるから、寝床もなんとか。ボクの主食のブロック型の携帯食料数本と、着替えはあまりないがないよかマシ。後は、マジで何もない。なんとリアルなリアル脱出ゲームであるか。
10日間、どうやって暇つぶそう・・・。ギガがないから動画なんて見れないし・・・。何度も言うがテレビもねぇ、ラジオもねぇ。
そんな折、仲の良い現地の同僚から電話が入る。必要なものがあったら持ってくから遠慮なく教えて、とのことだった。が、あまりにも何もない状況に戸惑いすぎたボクは、ノートとシャーペンと消しゴムだけを頼んでしまう。もっと必要な物はあっただろうに、絵描きの性、恐ろしい。
同僚を待ってる間、病院より食料の配給が届く。コンビニおにぎり数個だ。元々少食なボクにはこれで十分。とりあえず、食べよう。そう思い、味を見ると、「やまわさび」と、そう書いてある。それも、全部。おい。飲み物だって蛇口から直接飲まなきゃいけない状況の奴に、あの辛さで有名な「やまわさび」のおにぎりを届けるなんて、なんの嫌がらせですか?それともこれは罰ですか?もうこの状況自体罰なのに・・・。まだ追い討ちですか?
周囲の温かいサポートへの感動に、強制的に涙目になりながらおむすびを平らげ、一息つく。その頃にはポストを通して希望したノートと筆記用具が届けられる。そして、ドア越しに同僚と話を軽くする。隔離室を通り越して刑務所感のが強くなっているのは気のせいでしょうか?
翌日、地方新聞で「数十日ぶりの感染症患者一名発生」「市では緊急会議開催」と誌面を賑わせているのを青い鳥から確認しつつ、見なかったことにして寝袋にくるまりながら、無心で絵を書いて数十時間。大体3日目には市町村と北海道からの支援物資が届く。涙なしには食べられないおにぎりはおろか、カロリーバーも食べ尽くしたので非常に助かる。
さぁ、何が入っているのかな?開封の時‼︎
レンチンご飯、レンチンレトルト、カップラーメン、etc・・・。あの、冷蔵庫はねぇ、電子レンジもねぇ、ついでにポットも箸もねぇ。どうやって食えと・・・?
保健所から「救援物資、いかがでしたか?」と自信満々な電話が入る。鎮痛な面持ちで現代の吉幾三な事を伝えると、
「・・・ま、まぁ、生で食べれますから‼︎」
と、ポジティブに済まされる。刑務所から今度は一気に被災地が醸し出された。まぁ、2日に一食しか食事のなかった暗黒時代を若い頃に経験しているので、その頃を思えばおまけ程度のゼリーとお菓子で数日程度十分なのですが・・・。
大体5日ほど経った頃に、引越し業者の機転でボクが本州から送った荷物が届く。ケトルがあったのでお湯解禁。そして暇つぶしの本とゲーム解禁。文明の利器、ありがとう。
そして毎日大して役に立たない保健所と連絡をとり続け、この隔離期間も終盤戦。途中半径1キロ圏内で包丁による殺傷事件があったそうだが、この物騒な地域ではそう珍しくもなく。それよりも私に関わったのは、
「天気荒れるみたいだから、断水して停電するかもね♡」
との、保健所からの連絡だった。なんなのだろ、何故神は何故ボクに大してこんなにいらない奇跡を何度も何度も与えてくれるのだろうか。日頃の行いだとでも言いたいのだろうか。だとすれば、「どの件だろう・・・。」と首を傾げて悩まざるをおえないのだが・・・。
いつもいらない報告だけして去っていく保健所の不吉な予告は正に不幸中の幸いなことに実現せず(やはりボクの日頃行いは正しいのだ)、迎えた最終日、「おめでとうございます」と、保健所から祝福され、行動制限が解除となる。そして、その副賞のように翌日にはようやく待ちに待った3種の神器が家に搬入される。
そして、文明開花のありがたさを噛み締めるボクは、このクソど田舎僻地でボクの個人情報完全版が流布していることを、まだ知らないのであった・・・。
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