第13話初めての夜の話(−1)

 その夜、22時頃、山の横の太めな県道の脇の歩道、そこをボクは走っていた。

 男性看護師たるもの、いつ後ろから患者に叩き殺されるかわかったもんじゃない職場で働いている以上、常に身体は鍛えていなければならないのだ。

 これはボクが、金自体の窃盗は起こらず、良くてタバコやコーヒーと間食を物々交換し、悪けりゃいずれもを盗んだ盗まれたを繰り返し、終いにゃ患者同士が殴り合いを繰り返す、そんな世紀末救世主王伝説並みに治安の悪い病院に勤めていた頃の話である。

 約4キロの片道を走り終え、道路の上に掛かる歩道橋のダイナミックバージョン的な所でボクは乱れた息を整えていた。

 ここは山の登山口が間近にあり、その脇の駐車場には「不法投棄禁止」と書かれた看板があり、監視カメラがあり、近づくと過剰なライトが灯り、「不法投棄はやめてください」と放送が流れるなかなか日常ではお目にかかれないワイルドな場所だった。

 それでも大きな道路を真上から見下ろせるその場所は、景色がよく、走り終えて汗ばんだ体に気持ちが良い風が吹き抜ける、お気に入りの場所だった。

 あまり駐車場の方に近づくと、ライトが灯り放送がかかるのでそちらには近寄らず、ボクは歩道橋から道路を見下ろして黄昏ていた。

 すると少しして、あまり多くはない車通り、そこに彼方から光る灯りが見える。それは、くるくると動いており、色は、赤。それを頂に乗せた車のカラーリングはパンダ柄。パトカーか。

 パトロールかなー、そう思い他人事に眺めていると、パトカーはウインカーを出し、曲がる。あれ、そっちの方向にはーーーーボクがいる。なんならボクしかいない。

 なんだ、なんだ、なんだ?答えは出ない。が、警察が呼んでもないのに接近してきたら逃げを思案するのが人間で。けれど、来た道はパトカーが塞ぐように接近してきているので通れない。ならば山に登るか、けれども装備もなしにこの夜に山に潜伏するのも難易度が高い。

 そして間も無く、ボクの前にパトカーは停車し、警察官2人が降りてくる。うん、完全にボクがターゲットか。

 中学生時代、同級生が家出して捜索願が出されパトカーに追われパトカーの上に乗り逃げた話を思い出す。それを実行に移すべきなのだろうか。けれどなぜ、私の方に来るのか。心当たりは無い。多分ない、かも。

 男女の警察官が近づいてくるため、求められたわけではないが両手を上げ、

「何かあったんですか?」

 と、ビビりながら問う。

「いえ、こんな時間にこんな場所で何をしてるの?」

 高圧的に、逆に問われる。そうか、監視カメラだけは作動していたのか。

「走り終えて休憩してました。」

「なるほど、お名前は?」

「可出 寧護です。」

「学校は?」

 学校・・・?あれ、もしかして家出少年だと思われてますか?

「・・・えっと、社会人で看護師してます。」

 気まずい沈黙。

「身分証明書は?」

「走ってたので今何も無いです。」

「年齢は?」

「◾️◾️歳です。」

「ポケットの中、何か入っていますか?」

 と、問われ、ボディチェックをされる。

 そして、何も持っていない事を確認すると女性警官が和やかに

「看護師さんって大変なお仕事ですよねー。」

 と笑顔で世間話を始める。

 その後ろで男の警官が少し離れ、無線でどこかと話している。

 断片的に聞こえてきた内容はーーーー

「ーーーーーーーー◾️◾️歳男性、自称『可出 寧護』ーーーー。」

 自称⁉︎自称ってオイ。

 何やら無線でやり取りをしており、おそらくそちらから意識を逸らすのに女性警官が話しかけてくるのだろう。

 やり取りを終え、再び男性警官が高圧的に話しかけてくる。

「どこで働いてますか?」

「『ブラックど外道』病院です。」

 病院の名前を正直に答える。すると、

「あ、『ブラックど外道』病院さんの看護師さんでしたか。」

 一気に態度が軟化する。

 この『ブラックど外道』病院は普段から警察官が町で見かけたヤバい人を結構な頻度で連れてくるので、警察と密に関わりがあるのだ。まともなパターンの入院自体病院の悪評が強過ぎてあまり無いので、警察経由の患者が多く、いわばズブ・・・じゃない、WINーWINの関係なのだった。

 その為、先日も同僚に「お前のどこが好青年だよ、攻青年の間違いだろ。」と大変失礼な事を言われて送り出された「警察協力施設の優良好青年表彰式」に同期の女性看護師と共にお呼ばれし、表彰をしてもらい、パチンコの話をしながらコンパニオンに鼻の下を伸ばしてボディタッチしまくる副所長クラスのお偉いさん達と酒を酌み交わしたりもしたのだった。余談だがその時バカでかい賞状と額と共にもらった商品券は同期の看護師の娘と金券ショップに持っていき二人揃ってパチンコでスッたのだが。表彰する方もされる方も徹頭徹尾腐った会であった。

 で、態度が軟化したと思ったら、「こんな時間にこんな場所にいたら誘拐されたりしたらどうするの?危ないからおよしなさい。」的な注意を受け、あっさりと解放される。名前一つで警察官が優しくなる、病院唯一の福利厚生を発見である。

 そして、初体験にドキドキしながら「また警察官が来たら嫌だからもうあそこには近づかまい。」と心に決め、来た時のように息を切らせて走って帰るボク。

 まさか、この後、毎年私生活でも仕事でも様々な形で警察官と関わり、職質に至っては毎年恒例の行事となる事を、純粋で心優しい好青年の自称『可出 寧護』はまだ知らなかったのだった。

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