第12話不純な純愛の不必要な奇跡の話(+1)
「いやー、飲み過ぎた次の日はお米が美味いですねっ。」
「そうですか。そう思えるのなら良かったですね。私はお米なんて食べないから知りませんが‼︎」
ボクのこの病院でのプリセプターに、謎にブチギレられたあの晩。ボクの歓迎会の翌日、穏やかに雑談をしたのに半ギレで冷たく返されドン引きしたあの晩の夜勤の話だ(そもそも彼女は歓迎会に来なかったので、酔ったボクが何かしたわけではない)。後々この40代後半の女が休憩時間にモリモリ白米を喰らい、なんなら米屋の娘だった、なんて衝撃的な事実が明らかになった通称「米騒動事件」の話は今回の主題ではない。
この晩、ボクはプリセプターのこの女と夜勤だった。夜勤だと言うのにこの女は絶えず何処かに電話をかけ、自分のお仕事をおざなりにしていた。が、それも別に今回の主題ではない。
ボクの受け持ちではない、この晩は彼女担当の女性の後期高齢者の患者が入院していた。まぁ、よく倒つ転びつするわ、点滴を自己抜針するわの手のかかるのがいたのだ。日中からして目を離せないのだが、病院は無謀な「患者は断固拘束しない派」の方針で、おまけに彼女は油断して放置気味だった為、自分の仕事の片手間、仕方なしに面倒を見ていたのだ。ボクって優しいなー。
で。消灯後。真っ暗い部屋で案の定寝ずに勝手に立ち上がる老婆。仕方がないので訪室。老婆はボクが来ると嬉しそうにしている。まぁ、こんなもんはこんなもんか、と近くで見守っていると、いきなり、ボクに抱きついてきた。真っ暗い部屋で。
突然の抱擁に、体が固まる。股間のことでは断じてない。
・・・なんなのだろうか。これは、なんなのだろうか。そしてこれはどうしたら良いのだろうか。流石に投げ飛ばすのもしたくないし、マグニチュードだっけ、抱き返せばいいのか・・・?
うろ覚えの知識をほじくり返し、思案。そんな折。
「可出君、あたし代わるよ?」
廊下から米屋の娘の声がする。それを聞いた老婆は
「あっ‼︎離れて‼︎見られちゃう‼︎」
とんでもねー事を口走る。それを聞いた瞬間ゾワリと鳥肌が全身に立つ。
米屋の娘が部屋に来る頃にはその老婆はボクから離れ、ベットに戻っており、何事もなかったかのようになっている病室。
何事もなかったことになってるので、とりあえず米屋の娘と二人で詰所に帰る。言いにくいが抱かれた事を、報告する。
「あー、あの人エロ好きだからねー。」
と、流される。そして、特段看護記録にも残されない。
おいおいおいおい、色情行為だろふざけんな、書け‼︎
とは、「米騒動」でブチギレられてるので、言いたくても言えず。
おまけに勝手に看護記録に書いてまた地雷を踏むのは嫌なので書けず。
その後、米屋の娘と多少いざこざ(何故か朝まで無視されてたが、日勤者がきた途端ものすごく機嫌よくこの女に多々話しかけられドン引きした恐怖体験)はあったが、この色々な意味でのスリラーナイトは終わったのだった。
だが。
老婆の件はまだ続く。彼女は病気の兼ね合いで記憶力が儚く、大体のことは日々忘れるのだが。ボクが出勤すると、
「寧護君、待ってたのよ?」
と、言う。おい。待て。なんでボクの名前だけ覚えているんだ。おまけに下の名前を。さらには、
「昨日と一昨日は休みだったんだね。待ってたよ。」
と、ボクの勤務を何故か把握している。
大事なことは全て忘れるのに、ボクに関する個人情報は何故かクッキリハッキリ覚えている・・・‼︎
恐怖でしかない。暗闇で抱かれて囁かれた事もあり、本当に恐怖でしかない。男女逆だったら警察呼んでも良いぐらい気持ち悪い。
そんな恐怖に怯えながら日々を過ごすボクは、ある日、倫理カンファレンスに参加する事となった。ルーチンでやってる+クソ面倒なのでこの手のカンファレンスは毎度議題の選定に難儀する。そして、この日も議題がなく、ないならないで終わりで良いのだが、クソ真面目なこの病院はなんとしても議題を出さなければいけない為、ボクに
「何か議題ない?」
と、議長が振ってくる。振られたので、
「あー、ちょっと困ってることが。」
と、米屋の女の暴落暴騰すぎる気分ムラ・・・ではなく、老婆との一連の流れをカンファレンスにかける事にした。
「ちょっとねー、老婆がボクを下の名前で呼んで、勤務も把握してて、怖いんですよねー。」
まだマイルドな方から話を切り出す。すると
「あ、それ、俺が名前と勤務について教えてる。毎日聞かれるから。」
と、一回り上の同僚の男性看護師が言う。
WHAT?WHY?なぜ、スタッフの個人情報を患者に言うのか。おい。ふざけるな。
怒鳴って問い正しそうになるが、ボクは立派な社会人。罪を憎んで人を憎まず。過ちを責めても仕方がない。
決して一回りも年上なのに何も考えないで患者に職員の個人情報を漏らす奴に文句を言ったところでどうせ改善されないだろう、と思ったわけではない。罪を憎んで人を憎まず、過ぎたことはもう良いのだ。とりあえずコイツとは暫く距離を置こう。
エア深呼吸をし、次、問題の方。
「夜勤の時には、二人きりの時に抱きつかれて、他の看護師が近づくと『見られちゃう』とか性的に意識している発言もされて、ちょっと耐えられないです。」
核心を言う。男女逆なら大問題ですよ?
場が、シンとなる。
「えー。ボクだったら、『おー、よしよし』って抱きしめます。」
さっきの一回り上の男看護師が言う。
キャァァァァっ‼︎デリカシー‼︎デリカシー‼︎
お前は黙っとれ‼︎キレそうになるボク。セクハラ問題で一番言っちゃアカン答えだぞ‼︎
「まぁ、男女逆なら大問題だからなぁ。男はこういう時軽視されがちだけど。」
と、器が小さくて病棟で一番面倒くさい二回り年上の男の看護師が言う。
お前、たまには良いこと言うな、面倒くさいジジイ‼︎
が、結局大して話は進まず。
「まぁ、疾患を乗り越えて可出君の事を覚えていられるって事は、それだけ想われてるって事だから、良い事ですね。おまけに可出君がいる日はこの患者さんも機嫌良いし。素敵なことじゃない。」
師長がそうまとめ、終わる倫理カンファレンス。めでたしめでたし。
じゃねぇえよ‼︎揃いも揃ってバカしかいないのかこの病院は‼︎これだから僻地の病院は‼︎
とりあえず、病院はボクがどんなに性的に嫌な目に遭ってもフォローしないのはわかった。仕方ない。それなら自分の身は自分で守るしかない。いつだってこのクソったれな看護業界はそうなのだ。
以降、ボクはこの老婆に対し、看護はするがATフィールド全開で関わり続けた。ATフィールドの展開の仕方だけは誰にも負けない自信のあるボクの心を込めたATフィールドのおかげで、次第に老婆はボクの事を忘れていった。そう、恋は終わったのだ。
そして、日が沈めばまた登るように、新たな老婆の恋が始まる。今度の恋の相手は件のノンデリカシーな一回り年上男看護師だった。その後、老婆は彼を下の名前をもじった渾名で呼び、泣きながら彼を求めて詰所に突撃する様になり、彼を悩ませるのだったが、ボクには知ったこっちゃないのだった。
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