第11話イカレタ恋バナの話(−1)

 まぁ、まぁ、また面倒そうな患者が入院してきたことで・・・。

 先日入院してきたボクと同い年の女性患者(以下、患者Z)は、入ってくるなり同じような面倒臭そうな女性患者達と連るみ、面倒くさいトラブルを再三起こしていた。

 ボクはこの手の患者対応にロクな思い出がないので腫れ物に触るように、いつにも増して優しく、ホテルマン並みに丁寧に関わる事としたのだった。

 その甲斐あって、どうやら他の職員にボクのことを好印象で話していたらしい。が、これが今回の悲劇の始まりだったようだ。

 

 そして、迎えた年の瀬の私の夜勤の夜。男同士の夜勤の夜。

 突如、19時をまわって器物破損と自傷行為を始め暴れ出す患者Z。

 最高に面倒。何故ボクの晩に。家族も面倒だから正直制圧戦もしたくない。

 文句で頭の中は満たされるが、やるしかないならやるだけだ。

 とりあえず、制圧。そして関節を抑える。そしてDrコール。

 医者が駆け付けるまでの間、ボクが患者Zを抑えているが、なんか、患者が荒い息をしている。そして、やたらボクの体を触って来ている気がするがーーーーー。

 今宵の当直アルバイト医師(坊主頭の中年)が、到着する。

 なので、抑える力を緩め、医師の診察をそのまま床の上で始める。

 が。意思疎通不良で、

「あぁん、触らないで‼︎」

 などと、言いながら当直医師に蹴りを入れ始める。

 当然、暴力行為で隔離室行き確定。私のお仕事量も倍々チャンス確定。

 第一の難関、モンスターな家族への『隔離』報告電話。この時点で吐き気がする。苦虫を噛んだような渋い顔をボクが包み隠さずしていると、この無愛想な当直医師が代わりにやってくれる事になった。これだけは救い。

 面倒臭そうな内容のやり取りを電話でしばらくし、今度は先生が渋い顔をして電話が終わる。

「この患者、明らかに◾️◾️(字数関係なし)ですよね。自傷行為したらその時点で退院とかしないんですか?」

 そうなんです。当院は県のゴミ箱のような最低な看護レベルで医療をお送りする最終防衛ラインな病院なのでそういった合理的なルールはないのです。

「大体、隔離するのにこの病院入院形態◾️◾️で平気で隔離してますけど、おかしいでしょう。」

 そうなんです。この保健所も匙を投げる非常識さが当院の魅力なんです。

「ねー・・・、すいません。ボクこの病院生まれのこの病院育ちの看護師なのでよくわからないのです・・・。」

 と、話を濁し、この場は終わる。

 医師が当直室に帰った頃。

 眠剤を配りに患者Zの御坐す特別なお部屋を伺う。

 わざとらしい、荒い、荒い呼吸で胸が苦しいと宣う。

 仕方がないのでボクはサーチレーションでSPO2を測ろうとするが、当病棟のサーチレーションはイカれポンチになられて修理に出ている為、離れた場所にある他所の病棟へ借りにいく。まさかこれが後々最重要死亡フラグとして活躍するとも知らずに。

 して。SPO2測定。98パー異常なし。

 が、依然としてわざとらしく胸が苦しいと宣う。医師に報告、12誘導心電図指示。当院の12誘導心電図機材は遥か彼方の外来にしかないのですが・・・。万が一に備えて、やるしかないならやるだけなので、舌打ちを繰り返しながら12誘導心電図をとってくる。

 さて、やりますか・・・。と、患者Zの部屋に入る前、「私への好印象」「私の夜勤での突然の自傷行為」「医師への暴力」「◾️◾️(病名)」「突然の胸が苦しい」キーワードが、揃う。

 謎が、全て、解けた。いや、解いちゃったよ。まさか、まさかねー・・・。

 最悪の真相に辿り着いた私は、相方の中年男ナースに12誘導心電図を託し、後を任せる。

 私の推理通り、当然、異常なし。その後、彼女は眠剤が効き、安らかに眠ったのだった・・・が、私には山の様な書類仕事が待っており。相方を0時から3時までの休憩に送り出し、それらを片付ける。

 全て終わった午前3時過ぎ。起きてこない相方。まじかよ、と思うがお人好しな私は起こしにいかず、彼が起きてくるのをシンシン待つ。

 午前4時、ようやく起きてきて申し訳なさそうにしている彼と交代する。

 ようやく、一息つける・・・。

 そんな束の間の休息は彗星の様に終わり、朝の業務へ。患者Zは盛りに盛った眠剤頓服アタックで起きてこず、トラブルなし。

 さ、あとは申し送って帰るだけ。その前にサーチレーションを返しに行きますか・・・。

 外に出て、彼の病棟を目指す。

 と、途中で当院の経営者と出会す。

 これが今回最大の死亡フラグが招いた結果。

 「いやぁ、夜は大変で、諸々問題が起こって大変申し訳ございませんでした。」

 と、心にもない謝罪を言ってみる。

「ほんとよっ‼︎もうっ‼︎」

 そしてこの反応。マジうざい。

 では、とこの場から去ろうとすると、呼び止められる。

「あ、可出君、今日の餅つき、参加してくれない?」

 素敵なお誘いの声。年の瀬に餅つきをし、餅を拵えて、新年早々スタッフのクソ少ない元旦の朝から高齢者が主な当院の患者様達にお配りし、年始から命がけの運試しを行う為のその準備、馬鹿らしい行事が数ある当院の最大に馬鹿らしい行事「餅つき」への参加へのお声がけだった。

「・・・えっと、ボク、夜勤の明けですよ?」

 それも、年内指折りの厄に満ちた、夜勤の。引き攣った笑顔で問うボクに、

「今日用事ないでしょう?」

 ・・・あります。帰ったらハローワークに行く予定でした。はい。

 が、当然ンな事言えず。

 その後、夕方まで行われた餅つき。そこに参戦させられる頭の回らない私。着替える間すら与えられなかった杵を振るう私が纏うは、最後に洗濯したのがいつだか分からないしこたまオムツ交換もした不純白な白衣。もう皆んな、謎の感染症にでもなるが良い。私は知らぬ。

 一体、どこからロードしたらこの結末を回避できるのだろうか・・・。寝不足で重労働をさせられた私の頭では、その答えは出せなかったのだった・・・。


 そして、一つの、残酷な答え合わせ。

 後日、まもなく患者Zは退院した。その後も何故か当院に外来受診しているらしい。

 そんな折、ケースワーカーを通じて、私に、一通の手紙が届く。

「Zさん、可出さんの事、凄い好きみたいですよ。」

 ・・・やはりか。ボクが12誘導心電図を撮る前に気がついた真実はコレ。あの晩の不穏の全ては私の気を引くために行った、演技だったのだ。おおかた胸が苦しい等と言って、私に胸を弄らせようとしたのだろう。なんて悍ましい・・・。

 ボクが死んだ目をしていると、

「可出さんのどこが好きなのか、私聞いたんですよ。そしたらーーー。」

 そしたら。

「『あの私に対する雑な対応がたまらないの♡♡♡』って。」

 え?

 ・・・あれ。おかしいな。関わりたくないから徹頭徹尾最上級の丁寧なおもてなしをしたんだけどなぁ・・・。おかしいなー・・・。

「Zさん、自分で言ってましたけど、ドMらしいですよ?」

 解せぬ。

 解けない謎を残しながら、ボクは手渡された『可出様へ』と丸文字で書かれたファンシーな柄の封筒を「しろやぎさんの歌」を歌いながら読まずに破ったのだった。

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