第10話常識的に取材を受けたつもりの話(+1)
季節の関係で最近通れるようになった峠を3輪の中型バイク「経世」で通り、その休憩場に着く。
こんな時期だというのに流石山、雪が道路脇に積もっていたりする。
長くバイクに跨っていると股が痛くなるため、バイクを下り、トイレを済ませ、峠から見える山を見上げる。吐く息は白く、風は冷たい。雄大な山に、良い景色である。
以前この峠に来たときは、雨が降っていたのと、時速60kmで走る熊が有名なココに当時乗っていた50c c原付バイク「昨日」で来ていた為、クマに出会ったら色々な意味でデッドヒートなリスクがあった為、風景なんて楽しむ余裕はなかったのだ。
しばらく放心し、さて、良い加減、峠を下るか。ヘルメットを着け、バイクに跨る。
おや?
「ーーーーーーーーすか?」
知らない男性がボクに近寄り、何かを言っている。バイクで轢き倒しても悪くはないが、それは話を聞いてからでもできなくはない。
男が喋る中、よくよく聞こえないためヘルメットを外す。
「ーーーーーーです。取材、よろしいでしょうか?」
どこの会社かは聞こえなかったが、そう尋ねられる。
「あぁ、はい、どうぞ。」
人当たりの良い自負のあるボクは許可する。
取材内容は、1ヶ月ほど前にここらであった事故で十数人が亡くなった話らしい。命の概念が歪んでいると指摘される私にその取材とは、なかなかヒキの悪い取材者である。
当たり障りのないように幾つかの質問に答えていく。
「事故から1ヶ月ほど経ちますが、未だ数人の遺体が見つかっていない事、それにこれだけの人数が亡くなった事故に対してどう思いますか?」
別に、何も・・・と思うが、それではボクの人格が疑われてしまう。
思い出したことは幾つかあるがーーーーー
「・・・あー、まぁ、遺族が望むなら遺体が見つかれば良いのではないのでしょうか?」
100点満点の常識的な回答。
「い、遺族が望むなら⁉︎」
しまった、100点ではなかったか。反省。
返事をする前に、色々と思い出したことがあった内容とは。
当時、ボクが勤めていた僻地の病院はまぁ、ポンポンポンポン人が死ぬ。色々な要因で患者が死ぬ。マイルドに計算して週に平均一人程の頻度で患者が死ぬ、なかなか度し難い病院だったのだ。その為、日常的に人は死ぬわ、その処置はするわ、なんなら遺体の死後処置真っ最中に新しい遺体が発見され、エンゼルケアしてる横でエンゼルケアするエンゼルケアズな程の戦争地域の野戦病院を彷彿とさせるレベルの病院でして。
1年間でこの事故以上に死体を見ている為、たかだかこの程度の人数なんとも思わないのだが、そんな事は常識人たるボクには言えず、上記の返答になったわけなのだが。
引かれたのならしょうがない。黙ろう。
その後も質問は重ねられ、答える度に記者の顔が引き攣っていく。ボクの勤務先が遺体を出しすぎてこの僻地に一軒しかない火葬場が死体の行列を作り10人待ち程になったらしい話などはしていないというのに、不思議な話である。
なんとか、危うく余計な上記の話をして新しい事件を発覚させそうになったが辛くも私の健気な努力でそうはならず、取材は終わったようで、乾いた笑顔の記者は去っていった。
最後に「今の取材が記事になるかはわかりませんが、ご協力ありがとうございました。」と、記者は言っていたが、ネットで話題になっていない辺りからして私の取材は記事にならなかったようだった。取材に有意義に協力できなった辺り、お力になれず申し訳ないなぁと思った次第である。
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