第5話大乱闘スマッシュシニアーズの話(+1)

「加出くん、強いから大丈夫でしょ?」

 そう言われてみればそうだった、と納得したのが今回の敗因だった。


 とある、僻地の冬の話だ。ボクはここ数ヶ月、患者に妄想されていた。患者は老人(以下「老人A」と称する)で、以前から若い男に妄想しては暴行する面倒なやつだった。老人Aはボクが配薬等で関わる度、薬を投げ捨てるわ、怒鳴るわ荒ぶるわで大変誠に関わりたくなかった。

 けれど、ボクもこの手の妄想は慣れており(華奢で高校から体型が変わらずか弱く見えるらしい)、何度も経験あるのだった。

 が、大抵放っておいても碌なことにならない。なんならボクシング経験のあった半グレ系の患者の時は大変怖い思いをしたもんである。

 と、まぁ、そんなわけで、現場の主任に医師に報告する様に頼む事3回目。その返事が冒頭のアレ。どうやら言っても主任は事を甘く見て動くつもりはないらしい。ボク自身も死線は幾度か潜ってるのもあって「強いから」で納得してしまったのが問題だったが。

 はい、そうです。死亡フラグなのでした。


 寒い冬の、日が登らない朝。準夜で入院して即死亡した患者を処理したのもあって、ボクは疲れたまま迎えた検温の時間。私の担当は二十数名、全員分の検温をしないといけない。その後には熱型表につけ配薬配膳、予定は一杯一杯なのだった。遊んでる暇はない…のだが。

 相方は詰所でコーヒー片手に優雅に遊んでいる。相方も当然二十数名分の患者を受け持っており、遊んでる暇はないはずなのだが…いつものことだ。

 この看護師の中年のオッサンは飲酒したまま出勤するわ、しょうもない嘘をついて勤務を休むわ、口を開けば虚実不明の自慢話をするわ、なかなかにクレイジーガイなのだった。いつもの事だが、おそらくバイタルも測らないで適当に虚実ない混ぜでつけるのであろう。だからコイツの夜勤はーーーーーーー。

 そんなわけで、検温で老人Aの部屋に差し掛かる。部屋は絨毯敷きの小上がりで、ボクは靴を脱いで入り、ささっと非接触体温計で検温を済ましていく。

 老人Aもこの時、布団に入り臥床しており、起こすと大変面倒なので、声もかけずにそっと検温をする。

 と、

「何するんだお前‼︎」

 怒鳴り、立ち上がり、殴りかかってくる。起きてたのか、お前。

 ボクは咄嗟に手に持っていた非接触体温計とメモ用紙の挟まれた板をパージする。まずこの判断が出来るか否かで生死が決まる。

 そしてかかって来る一撃。暗くてよくは見えないが、その程度の攻撃、無意識で躱すのは看護師たるもの造作もない。

 コレで正当防衛。どっちにしたってやらなければやられてしまう。

 ボクは老人Aを怪我させない様に倒して、関節を抑える。自分を殺しにかかって来る相手に、手加減をして安全に制圧しなければならないなんて、理不尽極まりない。こんなのが現場で必要な技術であるならば、看護学校の時点で役に立たないベットメイキングなんぞより先に修練させとくべきなのだ。(余談だが、どこの病院も患者が頭を打てば全身検査をする癖に、看護師が患者に襲われても検査もせずに「対応に悪いところはなかったのか!」と責められ、下手すりゃ医療事故報告書を書かされる始末である。本当に看護師の命ったら軽いのだった。)

 さて、老人Aは何やら喚いているが、地の利もあって無事に抑え込んだし、ここから相方を呼んでドクター報告して注射の一発でも決めてしまえばそれでお終い。問題はどうやって相方のボケナスを呼ぶかだがーーーーー。

 不意に、後ろからボクの首に巻き付く腕。

「おいっ!離せ!」

 老人が叫ぶ。その老人のアルファベットはAではない。

 そして背後から締め上げられるボクの首。

 どうやら老人Bが気がつくと、ボクが老人Aを抑え込んでいる姿が目に入ったらしく、ボクから襲い出したと勘違いしたらしい。

 こんな計算はしていない。出来るはずもない。

 が、とりあえず首を絞められたところでこんなのは看護師たるもの慌てず騒がず。幸い締めが甘く、辛うじて呼吸はできる。患者Bの殺ル気が足りない。

 「おい!お前!離せ!!」

 3つ目の声。コレはーーーー老人C!怒鳴りつけた矛先は、選ばれたのは、ボクでした。参戦するのは列狂国側。首を絞められながら、老人Aを固めた手を解されていくボク。

「襲われてんのはボクだから!逆だから!」

 叫ぶ声は届かない。3対1で、殲滅戦ならまだしも制圧戦は分が悪い。

 ボクの拘束を脱した老人Aが立ち上がろうとする。そうなってしまえば、間違いなくボクは詰む。 

 なんとか老人B Cを跳ね除け老人Aを再度引き倒し押さえ込む。老人Bは首締めを止めたが、老人Cは顔を赤くして喚き続ける。

 そんな乱行パーティールームの賑やかな声を聞きつけて、別の部屋の若い患者がこの狂った惨状を覗き込む。

「もう一人の看護師呼んで!!」

 これ幸いとボクが頼むと、若い患者は詰所に向かって馬看護師の名前を叫びながら走っていく。

 それから少ししてようやくクズ看護師がやって来るが…その足取りは遅く、

「加出ー、どこー。」

 と、気の抜ける様な声を出している。早く走ってこいよバカ。

 そして乱痴気騒ぎの薄暗い部屋に辿り着き、呆気に取られている。

 看護師が二人になった事で、老人達の力が抜ける。その為ボクも拘束を解き、立ち上がる。

 追って来る様子もないのでそのまま詰所に行き、ドクターコール。

 経緯を説明すると

「なんでもっと早く妄想されてる事を言わなかったの!」

 と、言われたものの。だって!ボク言ったもん!ホントだもん!

 その後は粛々と警戒しつつも業務をこなし終業へ。そこから傷だらけのボクの手当てをし、医師の診察を受ける。

 で、殺されそうになっているので警察を呼ぶことになりまして(大抵の病院だと面倒なので警察呼ばないでなかったことにされてしまいます)、警察官が数名参上する。

 そして開始される事情聴取に現場検証。狭い部屋に5人だか6人の警察官が鮨詰めにされた状況で行われる事情聴取はなかなかドキドキするものがあったのではあるが、問題なく終わり。

 いや、あったっちゃあったのだが。事情聴取前に相方のポンコツナースが一旦家に帰り、酒を飲んだであろう様子で事情聴取に応じ、

「俺が来た時は部屋は明るくて、俺はこうやって場を納めたんです!」

 などと誇張して法螺を吹いたりしていた時には頭痛がした。尤も警察官も赤ら顔の小汚いオッサンの証言なんぞ大して参考にしていなかったが。そもそも部屋が明るかったらこんなことなってねーよ馬鹿!!

 そんなこんなで数日経ち、老人Aを逮捕するのは時間がかかって大変なので(コイツもコイツで支離滅裂な嘘の証言をしたそうな)、

「今度同じことしたら逮捕してやる、今回しないのは加出さんの温情だ!」

 と説教をキツくしてもらい、オマケに家族に慰謝料まで頂けることになりまして。なんと、その額「5万円」。私の命の価値は本人評価額を大きく下回り、オープンザサプライズするとこんなもんなのだった様で。オマケに老人Aは家族に見捨てられており、「5万円」頂けたのも数ヶ月後、と散々な話であったとさ。


 さて、ここいらで今回のオチ。私の命を救ってくれたあの若い患者であるのだが。数ヶ月後、やはり私の夜勤で他の患者との対人トラブルで激昂し大暴れ。壁に穴あけ女性看護師にも襲い掛かり、私が対戦する事となったのだが、まぁ強い事、強い事。看護師2人でなんとか抑え込んで注射を打ち込んだが、間違いなく彼が最強であったとさ。めでたしめでたし。

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