第6話初めてだった話(-1)
ボクのめでたくもない誕生日を翌日に控えた寒い、冬の朝だった。
夜勤明けのモーニングコーヒー、そのカッコいい響きの為に、まだ休憩時間だが、自動販売機までコーヒを買いに行こう、そう思い、小銭を握りしめたボクは休憩室を出た。
今日の夜勤は同期の女性看護師とペア。今頃オムツ交換に勤しんでいる彼女の分の飲み物も買ってこよう。カフェインは避けている様子だし、果物系のーーーーーーー
ボクが廊下に出ると、患者用の女子トイレの前で、冷たい床の上でうつ伏せに寝ている人が、いる。まぁ、別に床で直接眠っている患者がいるのは別に見慣れており、珍しくも何ともない。
何ともないのだが。冷たかろう。
「おーい、部屋戻ったら?」
ツンツンと突きながら声掛けをする。返事がない。
・・・まぁ、刺激しても反応が無いのも大して珍しい事ではない。ないのだが。嫌な予感がする。看護師の「あれ・・・?」と言った嫌な予感は、天気予報より容易に当たる。
手袋をはめて、仰向けに、ひっくり返す。
口からは、アンコがいっぱい溢れている。体は冷たく、開かれた目。
・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・。
あれ、これ、死んでないかな?
大抵のドラマだと死体を発見したら、叫んで喚き散らしているものだが、ボクの場合はそうではなかった。
もちろん死体を見たのは初めてで、何なら急変だってまだ見たことがない。
けれど、これは、マズイ、とわかる。
とりあえず必要なのは、人の数。
「おーい‼︎今辺さん‼︎今辺さん‼︎急変急変‼︎」
叫び、相方を呼ぶ。
その間、私は気が付いてしまう。この、床に横たわっている患者の口に入っているのは、患者自身の排泄物なのだという事を。そして患者自身の手も排泄物に塗れて汚れている。恐らく自身で喰らったのだろう。
口から、それを掻き出し、手袋を脱ぎながら包みつつ遠くに転がす。こう言った時、その原因を捨ててしまってはいけない、そう言われていたのを、どこかで覚えていたのだろう。
そしてそこからDr call。他の病棟に応援要請、行われる処置、呼ばれる救急車。この頃ボクらは看護師経験が少なく、お互いよく分かっていなかったが、ベストは尽くした。他の病棟からはベテランの看護師が来たのだが、大して役に立たなかったのはまぁ、あるあるなので置いといて。そもそも経験年数のウルトラ浅漬けで満足に教育も施していない同期同士を夜勤させたのもなかなかに如何なものだとは今にして思うのだが。
救急車に患者を乗せてから、九分九厘手遅れだがまだ処置をするのか家族に電話で問え、と医者に言われる。
・・・一体、なんて説明すれば。事態が事態なのと、ボクの学生時代筆記試験ですら赤点だったコミュニケーション能力が試される。
さぁ、電話がつながった。大体の事情をマイルドに説明もした。ちなみに昨夜もこの家族にロクでもない電話をしていたのだが、それは伏線として貼っといて。
「あの、処置・・・どうなさいますか?」
もう助からないと思うけどまだ処置しますか、をできるだけマイルドに問うてみる。
「・・・えっと、それはお医者さんに聞くのでは?」
はい、ダメでした。学生時代からボクのコミュニケーション能力は成長していませんでしたよ、先生。
万策尽きたのでダイレクトに伝えます。
えぇ、そのままで良い、という事なので、
患者は病棟に戻され、私が学生時代に当直室代わりに夜間休憩を取らされていた霊安室兼用の部屋で寝かされる。勿論そのベットは私が学生時代にそこで寝かされていたものだ。
さて、一難去ってまた一難。
こういった事態の際、警察を呼ばなければいけないのだが・・・。
はい、呼びました。それから事情聴取されました。
それで事件性はなしで終わったのだが・・・。
ボクは気が気ではなかった。この死んだ患者、全身に軽めの火傷をしていたのだ。この前夜、何者か(ある特定の常習犯的患者犯人は分かっているのだが、毎度毎度病院の方針で有耶無耶に)に頭から熱湯をかけられたのが由来なのだが・・・。
その件、突っ込まれたら話がまたややこしくなるなー、虐待とか言われたらどうしよう・・・という事を憂いていた。まぁ、見えざる力が働いたのか何なのか一切突っ込まれなかったのだが。世の中なんて、常にNEED TO KNOW だ。
と、まぁ、これがボクの初事情聴取記念日で、初ステルベント記念日となったわけだ。
毎年、毎年、誕生日が来るたびに思いだす、忘れてしまいたい記憶の話なのだった。
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