第4話シェフの即興ワイルドトマトのタオル包みの話(+1)

 引越しの荷解きは程々に途中だが、平日である今日のうちに、役所周りを済ませよう。そう思い、ボクは市役所に行き、警察署にいき、郵便局に立ち寄った。

 今回の職場は都会だけあって、どこに行っても人が多い。先日までいた、街中に人は歩いていないが鹿は歩いている日本国内の国外な街とは大違いだ。

 順番待ちの発券をし、名を呼ばれ、書類にサインし、転居後の手続きを完了する。

 そんなところで。

 お爺さんがおぼつかない足取りで入店してくる。そしてそれを見た、外見がヤンチャな大柄な男が大声を上げる。

「おい、爺さん、血、出てるぞ‼︎」

 男がお爺さんの手を掴むと、ポタポタと垂れる多めのフレッシュな血。騒然となる空気。

 それを見て、

「はーい、ボク、看護師です。」

 気がつくと挙手しているボク。

 頭のいい看護師はこういった時に何かミスをし、訴えられるリスクを恐れ、黙ってその場から去る事が多いのだが・・・ボクは非日常を楽しみたい方のバカな看護師なので関わることを選んでしまう。

「看護師がいるなら任せよう。」

 おじさんはそう言って一歩下がる。

「おじさん、手、洗ってきてください。」

 とりあえずヤンチャ風善人おじさんに指示。何か感染症をもらっては善人なのに残念すぎる。

「手袋、あったら欲しいです。」

 郵便局員に指示を出すと、皆で探し、ディスポの手袋を出してくれる。馴染みの手袋を嵌め、お爺さんの手に触る。

 何とまぁ、血だらけすぎて何にも見えない。

「洗える場所、ありますか?」

 局員に誘導され、職員の流しへ。傷を洗い流すと何とまぁ、茹でたトマトのようにパックリざっくり裂けている両手。うーん、これは縫わなければいけません。

 が、当然私にできる訳もなく。

 どうしたのかお爺さんに問うも、転んだことをポツリという。気が動転しているのであろう。仕方ない。

「ガーゼとテープないですか?」

 職員たちで必死に探すもないようで。まぁ当然か。けれど、

「手ぬぐいならあります‼︎」

 と、渡される粗品のタオルたち。んー、どうしたもんか。行きすぎたコスト意識から昭和の文化の色濃く残る野戦病院的な世界を渡り歩いた残念な看護経験から知恵を絞り出す。

「ありがとうございます。それから、紐ありますか?」

 長めに切ってもらった段ボールを縛る白紐を数本もらい、そのうち一本の真ん中を持ち、垂らす。右手はリレーのバトンを受け取る手、左手は綱引きの綱を引く手それらをそのままガッちゃんこしてーーーーーー今は失われつつある看護師の奥義、拘束縛りを使用し、お爺さんの手に片方ずつタオルを固定していく。

 さて、できた。

 そうこうしている間に救急車の話をしていたが、謎の感染症が流行っているご時世の所為で救急車が繁盛していると言うのがネットの「まとめ」に書かれていたのを思い出す。救急車呼ぶとかえって時間掛かりそうなのでーーーーー、

「タクシーで最寄りの病院行くのでタクシーの手配お願いします。あと、最寄りの病院教えてください。」

 程なくして着くタクシー。お爺さんはまだぼんやりしておりなされるがまま。

 タクシーに乗る前に運転手に

「シートに血垂れてもOKですか?」

 丁寧に聞くも、嫌な顔をされる。何と心の狭い。

 仕方がないのでタオルの上から袋を被せる。うーん、なんか家庭的な空気のするワイルドバイオレンスな外見になってしまった。が、私のせいではない。

 そのままタクシーを走らせ、総合病院へ。タクシー代は手がバルタン星の住民のようになっているお爺さんに払える訳もなく、当然私のクレカで支払う。

 病院の中に入り、手近な職員にお爺さんのトマト風味春巻きの様な手の中身の状態を伝えると、即刻診察室の前室へ通される。

 その折、

「貴方、この人との関係は?」

 と、問われ、一瞬悩むも

「通りすがりの看護師です。」

 一度は看護師が言ってみたいセリフの一つであるコレを言う。

 間も無く医者の準備が整い、開かれる診察室の扉。

 外来の看護師が医師に、

「転んで怪我している所を通りすがりの看護師さんが保護してくれたそうです。」

 と説明する。二人称が「通りすがりの看護師」な辺りに笑いそうになってしまう。

 お爺さんを椅子に座らせ、医師が手を見て言った感想が、いささか都会のお医者様には刺激が強かった様でして、

「・・・これは?」

 うん、まぁ、自分でもこの懐かし身体拘束のワイルドタオル包みのポリ袋巻きはどうかと思うんだけどさ、仕方ないじゃん、有り合わせの材料で作ったんだから。我慢してよ。

「・・・手当です。」

 私が作りました、と「シェフ可出」が述べる。

 間も無く包みが剥がされる頃、

「君、もういいよ。」

 と、私だけ帰宅許可が出た為、お爺さんを病院に託し、私は外へ。

 あー、そういえばタクシーで結構来ちゃったけど、こっから歩いて帰るのかー。

 仕方がない、と、ため息ひとつ、私は家路に向けて、緑のロングコートを翻し、歩き出す。


 その後、郵便局からのお礼の電話、お礼の手紙を貰い、更に郵便局経由で私の電話番号を知ったお爺さんからお礼の電話が入る。お礼の言葉と、お爺さんの身分を明かす内容だったのは分かったのだが・・・ふがふがしていて如何せん何を言っているか分からない。

 「会ってお礼をしたい。」と多分言っていたが、それは断った。けれどもお爺さんは納得しないため、「流行している流行病が終息したら、その時に。」と、約束だけをしたのだった。

 なぜなら、お礼の準備期間を作った方が、良いものが貰えるのでは、と踏んだ為であるが・・・・、一体いつになったらこの流行病は終息してくれるのだろうか。

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