第3話人生で一番嘘を吐いた日の話(+1)

 ぼくは、学生時代、警察官になりたかった。

 なので、看護師となってしまったが再度受けてみることにした。

 受かったらいいなーくらいの軽い気持ちで極寒の地の志願票を提出し、受験票を手に入れる。

 記念受験だし、面倒だし、勉強はいいや、とリラックスして当日を迎えることにした。

 そして秋口の祝日、一次試験。今の所、免許手続でしか入ったことのない警察署に入り、受験する。

 パチンコ行きたいなーなどと上の空で田舎故の受験者4人の部屋で筆記試験をこなしていく。

 学生時代、所属していた華道部の顧問に、

「真面目に警察官受験の勉強しようと思って本買ったんです‼︎」

 などと、「裏技で合格警察試験」的な袋綴じまでついた怪しいタイトルの本を見せつけ、

「真面目に、ねー。コレで『真面目』に、ねー。」

 と、冷たい目で見られた記憶が呼び起こされる。

 そしてフィーリングと呼び覚まされた「裏技」で解いていくわけのわからない問題の数々。その後行われる心理テスト。

 あー、バウムに、ロールシャッハ、ですか。なるほど、なるほど。学生時代に精神科の実習でやらされ、木の絵を描いた際、ボクだけ著しく他の人と違う木を描いてドン引きされ記憶がある。懐かしい。

 そんなこんなで続いて作文。志望動機的なお題目だったが、とりあえず難しい哲学的なことに走らず、「正義を貫きたい。」的な心にもない真っ直ぐさで書き上げる。こういった作文なんて、こんなもんが欲しがられているのだ。

 そして試験は終わり、パチ屋に行き、海で遊んで家路に着く。


 結果発表日、来たる。一次試験、合格。驚いたのは言うまでもない。あんな適当に受けて通る物なのかー・・・。

 というか、バイク学校も今行ってるのに並行してやるのかー・・・と自業自得ながら遠い目になる。

 二次試験の内容は口述と体力検査。とりあえずせっかく受かったのだし、と試験に備え筋トレとランニングを開始、病院の寮の上の部屋に住んでいる剣道部出身のボクとは別ジャンルでヤバいアグレッシブな看護師から効率の良いトレーニング方とプロテインを服用する事を習い実行する。果たして中学高校から変わらぬ華奢な私のボディをどこまで改造できるのだろうか。

 口述試験に関しては面接対策の本を斜め読みし、適当な真っ直ぐっぽい綺麗事を練り上げる。そして、地元の警察署で面接練習が行われたため、参加する。

 一次を通ったのは私と女子高生一人だったようで、残りの落ちた二人に若干の申し訳なさを覚える。

 それから数回面接練習を行う。「こんな優秀な看護師を受験させてもらって、貴院(警察協力病院)の医者先生に申し訳ない‼︎」とお褒めを頂き、バウムテストでドラえもんを描いて合格した警察官のいる伝説を聞かされ、この地方の警察が本気で心配となった。

 

 そんなこんなで、人事尽くして迎えた二次試験当日。

 同僚の中年看護師を札で釣り、遠く離れた二次試験会場まで送って頂く。

 記念受験だとわかっていても、緊張はするものであった。

 そんな私の緊張はよそに、早速行われる体力テスト。腕立てとバーピーと握力が項目。腕立てと謎のバーピーは事前にやりこんで来たので、何とか満点。握力は・・・やりこんで来たけど最低点を叩き出す。毎日にぎにぎしたんだけどなぁ・・・。

 続いて開始の口述試験。なんと口述試験は2回もあるそうで。

 ジャージからスーツに衣替えし、猫背を伸ばして入室。受験番号、名前を述べて試験開始。

 座っているのは「警察官です。」と顔に書いてある固い警察官。

 当然尋ねられる志望動機。用意していた「パチ屋に行くついでの記念受験」ではないまともに聞こえる志望動機をツラツラ述べる。

「家族との関係性は?」

「良いです‼︎」

 と、力一杯嘘を言う。

「今までに運転をしていて交通違反をしたことは。」

「ないです‼︎」

 ようやく真実が言えた。が。

「それは何故。」

 追求される。けれど、ボクは胸を張って答える。

「ペーパードライバーだからです‼︎」

 完璧な回答に、表情を変えないまま絶句、そして次の質問へ。

「町で暴れている人がいるとして、貴方は立ち向かっていけますか?」

「いけます‼︎」

 これも真実。

「それは何故。」

「いつも職場で行なっているからです‼︎」

 そうなんです。行なっているんです、おまけに素手で。貴方たちが町で荒ぶってるヤバい人たちを我が社に連れてくるから。迷惑してるんです。

 コレまた追求なく終わる。そして幾つか質問を重ね、一回目の口述試験も終わる。

 間も無く始まる2回目の口述試験。

 試験の部屋に入ると、柔らかそうなおじさん試験官。

 が、試験が始まると何だか、ニヤニヤしながら粘着質ないやらしい質問を重ねてくる。

 あー、これがよくドラマで見る取調室あたりに生息している人情は風に見えて一撃必殺してくる怖い刑事かー。実在するんだなーと、感動する。

 いやらしい質問を重ねられるが、こちらも負けじと、日常業務で育まれた真顔で心にもない事を言う力で立ち向かっていく。

 そして最後に、

「君は、優秀みたいだから、君にだけ少し難しい質問をしよう。」

 優秀な嘘つき看護師は問われる。

「上司が君の意見と合わない命令をしてきた時、どうする。」

 返事だけしてやらない、やったとしても60点くらいの力で命令に従う、同僚と文句を吐きながらウダウダやる。日頃職場で実践している方法が過るが、間違いなく正解だが不正解である為口から出さず。

「まず従います。おそらくその上司には私が考えつかないような考えを持った上での命令だと思うので。それからその意図を考え、上司の考えを理解することに努めます。」

 よくもまぁ、そんな嘘が言えたもんである。尤も、試験官だってわかっているだろう。それをわかった上で「白を白」「黒を白」「グレーを白」と言えるかを試したいのだ。

 人生で一番嘘をついた記念日となった二次試験はこうして終わり、私をパチンコ屋で待っていた敗走兵と化した同僚と共に着く家路。


 それから数週間後。ネットを見ると合格者の番号にあるボクの受験番号。届く合格の書類。大した努力もしないで合格したと言うのに、感慨深い。

 さて、採用に応じようか、どうしようか。

 採用にあたっての説明会に参加する。その際に再び志望理由を現地で聞かれ、「何となくです。」と答えておく。意味がなさそうでありそうであったがどうでも良い。

 この時説明された採用にあたっての条件は厳しく、「自分名義のものを全て解約」「運転免許をマニュアルも可にしておく」などといったものがあった。この条件が、無理だった。採用までの残りの1ヶ月で、どっちもはこなせないし、それどころか一つもこなせない可能性が高い。このことを採用担当の偉い人に相談したところ、「理由は知らない、出来ないなら採用しない。」と、公務員であるならば当然の冷たく厳しい態度で「納得できない命令」が下された為、間も無くボクは採用を辞退し、風来の看護師を続けることとなったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る