第2話

 俺は人殺しが嫌いだ。なんなら自殺とかの命を軽く扱うものでさえ嫌いだ。

 ……そう思っていた。それは単純な間違いだったんだ。

 俺は命を軽く扱うものが嫌いなのではなかったんだ。きっと悪が嫌いだったんだ。

 人殺しも自殺も、悪だったから嫌いだったんだと思う。

 そう思えるほど、優さんの殺しはスッキリしていた。彼を正義と言うには些か血なまぐさ過ぎるが、悪ではなかった。

 命を助けられた時、悪人しか斬らないという彼を信用するつもりはなかった。

 でもどうせ金が払われたら善人も斬るんだろと思ったら違った。

 善人を斬る依頼が来たら、依頼人を斬った。当然金はパーだ。受け取っていない。それを正義とも言えないが、俺には悪とは言えなかった。

 何故か足はつかなかった。それもそのはず。俺は今住んでいるこの国、月本(げっぽん)の法律が、全員に適用されるものと思っていた。

 法を犯したら捕まり、牢屋に入れられる。そう思っていた。だが裏で流通している、「殺し屋免許」を持っている者は、人を殺しても捕まらないのだそうだ。

 ちなみに俺を嬲り殺しにしようとした男たちは初級免許を持っていたらしく、試しに俺を殺してみようとしたのかもしれないとのこと。

 初級免許は、所持者に取って不利益なことをした人なら殺しても良い。

 中級免許は、依頼されたのならば所持者にとって不利益を被っていなくても殺しても良い。

 上級免許は、所持者が殺すべきと思ったなら殺しても良い

 普通に生きてたら知らない世界だと思ってたが、六億人の人口の中に殺し屋免許を持ってる人は、三十万人くらいいるらしい。

 いや、いすぎだろ! そう思ったが、使う機会のない人も多いそう。俺はつくづく世間知らずだ。

 また処理屋と呼ばれる人達が、暗躍してるため公に殺しが出にくいらしい。処理屋は国家公務員だそうで、殺し屋免許を持ってる人が被った面倒事を適切に処理してくれるらしい。

 こんな世界で、人殺しはいけないこと、そう思っていたらきっと、殺されてる。

 甘ちゃんには生きづらい世界だなと思うよ。

 自分の身を守ること、そのためにしっかり情報を持つことを雪絵さんに教わった。

 大量のお金があればなんでも出来るが、大量のお金を得るためにはそれなりではいけないことを、美雨さんに教わった。

 例えどんな状況下にあろうと、衣食住をしっかり保つことの大切さを晴子さんに教わった。

 ……そして、この世界には家族ぐるみで殺し屋をやってる家もあり、そこから逃げ出したくても逃げられなかった子がいることを……、姫ちゃんから教わった。

 こんな形で昔習った剣道を使うことになるなんて思ってなかった。

 そんなことを思いながら、俺は車を走らせる。

「君の道は間違いじゃないよ」

「ん?」

 まるで見透かしてるかのように語りかけてくる優さんに、俺はとぼけて言った。

「少なくとも君はまだ、誰も殺してはいない。殺し屋免許初級を取ったのにも関わらずね」

「そんなの、俺に害なす人がまだいないからに決まってるじゃないですか」

 それを聞くと、優さんは笑った。

「きっと上級免許を取ったとしても君は誰も殺さないよ」

 おかしなことを言うよな。人を殺さなきゃ、上がっていかないランクじゃないか。なら誰も殺さない俺がランクはあがったりしない。

 もしも、不可抗力で殺してしまった時のために取った免許だっていうのに。

「大丈夫。僕の道を邪魔する夢は、きっと叶うさ」

 優さんは悪人殺し。悪ではない、そう思う。でも俺は、そう思うこと自体が逃げなんだと思う。殺さず済むならそれがいい。相手が殺し屋だからって殺す必要はない。

 甘ちゃんだ。わかってるよ! でも、人殺しがいけないことというのは、守りたいんだ。

 それを優さんに押し付けるには力が足りない。優さんを止めるだけの力がない。

 誰も殺さないでくださいって頭下げたって、優さんが殺してきた人達が生き返るわけでもないのにさ。

 じゃあどうしたいのか。俺は俺の道を確認する。俺はきっと優さんの腕を切り落とし、殺し屋稼業を廃業させたいんだ。

 切り落とした腕を罪の証として、彼を真っ当な道に連れていきたいのかもしれない。

 その考えを薄ら頭に置き、目的地の港に着いたので準備をする。

 車ごと船に乗れるタイプではなかったので、駐車場に車を置いたまま、俺たち六人は船に乗り込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る