ウラ

00-03 探偵とストレイ・キャット

 ――終業時刻付近――

「お疲れ様でした、所長」

「国仲くんもね」

 到底よみするところでない博打が終わり、探偵は椅子にふんぞり返って扇子で顔を扇いでいた。

「最初依頼が来たときはどうなる事かと思ってたんですけど、ちゃんと見つかったんですね、猫」

 国仲は探偵が何をしていたかの詳細は知らない。ただ、時折探偵に頼まれて随伴したり、何かを買い出しに行くくらいは付き合っていたが、それがどういう意図での行動なのかは知らなかった。

「こんな都心の中で猫がポンポン見つかるわきゃァないでしょ。ありゃただの野良猫」

 国仲は目を丸くする。

「騙したってことですか?」

。これのどこに詐欺があるってんだい君は?」

 さながら、マルチ商法業者がマスコミに突撃取材されたときの開き直りのような物言いである。

「西園さん、あんなに嬉しそうにしてたのに」

 そうは言うけどね国仲くん、と探偵は反論する。

「端っから真面目に依頼を受ける気はなかったっちゅうか……や、寧ろ逆に? あの時の僕からやる気を感じていたんなら、役者冥利に尽きるというか」

「さっきのは戯れ言なので忘れてください。西園さんをそんなに悪し様に言う流れだとは思いませんでしたから」

「だってあの服、見たでしょ? 確かに猫に肩入れしてるような話を一刻ほど前にされた気がしたけど、着てる服には猫の毛一つ付いてない。紺屋の白袴の逆」

「コウ……え?」

 つまりだね、と探偵は西園から依頼を受けたときのことを振り返る。

 二週間前、西園艾がやってきて、猫の捜索を依頼してきた。

 彼女の服装はあの時と全く同じ、豪奢な白服だった。

「猫に愛情を捧げてる感じがしないんだよね、って思ってさ」

 男性の醜い面を直視してもなお平然としていられるのは、これまでの男遊びの経験故だろう、とも思ってしまう。

「最近よく居るじゃんけ? 鉄道好きじゃなくて、写真を撮ってる自分に酔った挙げ句に迷惑掛けるタイプの撮り鉄」

「知りませんよそんなの」

「で、案の定身辺調査をしたら、だ。周辺住民どころか、行政側からも名の知られたノラ猫屋敷の女王様なんだそうだよ」

 探偵は、棚の奥から写真の束を取り出して机の上に放り投げた。

 築半世紀は経ってそうな木造家屋の至る所に、首輪の付いていない猫が寄りつく家。入り口や塀の上のみならず、二階部分や屋根にも猫が居る。国仲は見ているだけで鼻を摘まみたくなった。

「そんなわけで、ハッキリ言ってアレはどの猫でもいいだろうな、と半分ぐらい確信してたわけだ。ただ、黒猫や白猫を渡すわけにはいかないから、そこは色々と慎重にね」

 国仲は請求書の内容にようやく合点がいった。

 猫に関連した請求の中身は医療費や餌代ケージ代だけでなく、ブリーダーの依頼仲介料などが入っていたからである。野良猫を西園家で飼われていたはずの猫として作り上げるための工賃、とでも言うべきか。

 誤魔化すためとはいえ、これでは依頼料を鑑みて黒字ギリギリのラインである。

「道理で、猫一匹に対して話が燻ってたわけですね」

「依頼料を多めに見積もっても顔色一つ変えなかったし、ウチに来た時点で盥回しにされた後だったんだろうな。僕も僕で、これを上手く流せば行政側の弱みになると思ってね」

「でもあの人、呼んじゃいましたよね、

 就貼探偵事務所は、人間性はイマイチだが探偵行為に関してはピカイチの人間が所長を務めている。しかしながらそこには、一つのジンクスがあった。

『依頼者は依頼完了まで探偵を本名で呼ばないこと。

 

 探偵には当然名前があり、依頼者には名刺と共に開示されている。

 だが、依頼者は彼を名前で呼んではならない。

 探偵本人も最初五年ぐらいは半信半疑だったが、そろそろ稼業も十五年目に突入しそうな今でさえ、的中率は九十パーセントを越えている。

『それから――どうか私の事は、くれぐれも【探偵】とお呼びください』

 探偵がこの話を嫌がることは、国仲が一番分かっていた。自分の名前を呼んだら

人が死ぬなんてジンクスを受け入れて生きるのは、相当なストレスだ。

 しかしながら探偵は顎髭を擦りながら、ただ唸った。

「うんや、意外と大丈夫じゃない? 依頼料貰って全部終わる寸前の話だったし」

 そう探偵が適当なことを述べているうちに、国仲の眉間の皺は深くなっていく。

「そのパターンは大分前にも聞きましたし、その人も亡くなりました」

「大丈夫大丈夫、今度は多分大丈夫だって。今日はもう上がろう」

 探偵はばつが悪そうにしながら、話を切り上げて帰り支度を始めた。





 国仲が新聞のお悔やみ欄に西園艾の名前を見つけたのは、それからしばらく経ってからだった。

 曰く、猫に噛まれたことよる感染症が原因だったそうである。

「いつ頃噛まれたんでしょうね」

 探偵は何も応えず、窓の方を向きながらコーヒーを啜った。

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