00-02 探偵と戯れ言

「こんにちは、西園にしぞのさん」

 国仲が事務所のドアを開けると、その影は国仲の姿など見えていないかのような勢いで、事務所の中へ飛び込んできた。

「キューちゃんは!?」

 全体的に白っぽい洋服で、金縁眼鏡に真珠のネックレスなど、どうしてこうも金持ちの老婆はこのスタイルに落ち着くのだろうと、探偵は依頼人――西園もぐさの姿を見るたびに思ってしまう。

「西園さん、どーか、落ち着いてください。私どもとしても万全を期してはおりますが、この猫ちゃんがキューちゃん本に……本猫ほんねこかどうかは、最終的に奥様の目が頼りなのです」

 探偵がそう言うと、西園艾はヒューヒューと深呼吸を二回して、国仲の方を見ずに側にあったソファに腰掛けた。

「西園さんにご提示頂いた情報に基づき、見た目・鳴き声・それから近隣地域に居ることを限定して捜索したところ――こちらが」

 探偵は床に置いてあったケージを開く。するとそこから、小さな三毛猫がゆっくりと顔を出し、顔を上げて三人をなめ回すように見ると、眼前の餌入れに向かって身を乗り出した。

「まぁ……!」

 西園はその猫を見て一瞬静止し、ややあってから近寄る。

「西園さん、どうかあなた自身の手で」

「キュー……ちゃん」

 すると、猫は餌に向かう行為を止めて、「ナァ」と鳴いた。

「いかがでしょう、御婦人」

 探偵は笑みを浮かべながら西園の顔をもう一度見ると、夫人の目には涙が浮かんでいるのが分かった。

「キューちゃんですっ。見た目も鳴き声も、間違いなく」

「どうか落ち着いて今一度、例えばこう――抱き寄せて頂いて確認をば」

 探偵が猫に手を伸ばした途端、猫は「ビャウ」と鳴いて、彼の親指の付け根の辺りに爪を立てた。

「所長」

 国仲が近寄ろうとするが、探偵はそれを静止する。

「いいんだ国仲くん。どうやらキューちゃんは本当の飼い主を見つけたようだからね。その喜びに比べたら、ちっともだ」

 既に猫は、西園の腕に抱かれてナァナァと鳴いていた。





 探偵は、西園に大まかな調査経過を報告していた。

 依頼から一週間と三日ほどで、怪しい猫を見つけたこと。

 捕獲後、念のために健康診断を受けさせ、診断書片手に所見が無かったこと。

 そして、去勢されていない猫だったため、どこかで子供をこさえてしまっている可能性は否定できないことなど。

「キューちゃん本人です、本当にありがとうございます。これは依頼料と――謝礼です」

 西園はハンカチで涙を拭いながら、探偵からあらかじめ伝えられていた依頼料を渡す。

 探偵は封筒の中をサッと改めると、その中から五千円札を抜き取り、西園へ突っ返した。

「西園さん、申し訳ないがこちらは受け取れません」

「いいのよこれっぽっち。私からの感謝の気持ち」

「お気持ち、十分に理解しております。しかし私どもは信頼で成り立つ職業でございますから、どうかこのお金は――ああ、――キューちゃんの今後の為にお役立てください」

 そうまくし立てると、西園はポシェットの中のブランドものの財布にそれを渋々としまい込んだ。

「このまま持って行かれますか? よければ、国仲くんに車を手配させますが」

 探偵は国仲をチラッとみてから、目をそらす。瞬間、国仲が事務所のドアを開くのが見えた。

「大丈夫、近くでタクシーを呼ぶわ」

 西園はそう言うと、ケージを片手に事務所前の廊下に立った。

 瞬間、振り返り、

「――さん、ありがとう!」

 と、

「お……お気を付けて!」

 探偵は右手の先だけ振って、西園夫人の背中が消えるまで見送る。

 西園が階段を降り始めたのと同時に、向こうに見えていたエレベーターが音を立てて開く。

 そこには先程の西園夫人より二回りぐらい若い女性が、やや慌てた様子で立っていた。それは立ち尽くしていた探偵の顔を見るなり、少し早歩きで事務所の方へ向かってくる

「あの――ここって、就貼つくばり探偵事務所さんですか!?」

「いかにも。私が所長です。こっちは助手の国仲」

「その、そのですね。ちょっと大きな声では言えないんですけど――」

 女性がもごもごとしだしたのを見て、探偵は人差し指を女性の前に差し出す。

「中で、伺いましょう」

 探偵はそう言って事務所へ踏み出そうとし、立ち止まって彼女を見やる。


「それから――どうか私の事は、くれぐれも【探偵】とお呼びください」

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