第00話 「Detect Selfish.」

オモテ

00-01 探偵と眠り

 大きなベル音が、四十平米もない事務所の中に鳴り響いた。

 部屋の奥に鎮座している窓向きのソファから、檜皮色のスーツを着た腕が伸びて、側の机に置いてある携帯電話のアラームを止める。

 と同時に、重低音の大欠伸。モノの少ない事務所の中では、やたらと響く。

 やがてソファの向こうから、百七十五センチ以上ある痩せぎすの男が立ち上がると、呼吸するかのように溜息をついた。

「もう時間か」

「あと五分ほどあります。――が、次は上下階から苦情が来るレベルの騒音で起こします」

「国仲くんはなかなか僕の扱い方を心得てきたようだね」

 国仲くん、と呼ばれた女性は世辞に笑みもせず、目の前においてある端末の画面に向かい始めた。

 ここはとある都市の一角にある古びた雑居ビル。その四階にある就貼つくばり探偵事務所が、彼らの居場所である。

 既に初夏だというのに、他の高層建築に囲まれたビルの中はひんやりとしていて電気代が節約できる、とは入居者の弁。

「所長、起き抜けですけど世間話いいですか」

 そう言うと探偵は「着替えながらでいいなら」と言い、目の前の洗面台で悪趣味なキャラクターの柄が付いたネクタイを整え始めた。

「あ、ひょっとして長い?」

「いえ全然」

 探偵は、あそう、とだけ言って電動シェーバーを手に取り、自分のヒゲの状態を確認し始める。

「所長が私を国仲と呼ぶせいでですね、とうとう知人が私を国仲呼ばわりするようになったんですよ」

 そこでようやく探偵はシェーバーの電源を入れたが、顎を若干なでつけただけで、すぐに電源を切った。

「別にいーじゃん」

 ガコ、と音を立てながらシェーバーを棚にしまいつつそう言う。

「呼ばれたい放題の内が華だと思うなぁぼかァ」

 ちなみに、国仲の本名は寺川流千愛てらかわるちあという。国仲、というのは探偵が彼女を見て開口一番「君は国仲くんだ」と呼んだことによる。

「華、ですか――」

 一方、訴えていいかとまで言わしめた国仲にしても、そこまでの強訴に出る気は毛頭無く。

「でも実のところ、そうやっておだてておけば牙を剥かないから、とか考えているんでしょう」

「それは意地悪質問じゃあないか。常々言っているが、イエスもノーも地獄行きなら、僕は回答を拒否する方に立つ」

 国仲が言葉を噛み締めている間に、探偵は部屋の隅にある「それ」を部屋の真ん中に置いた。

「じゃあ、あとは――勝負だな」

 瞬間、事務所に備え付けられたドアホンの音が、先程探偵の惰眠を破壊したアラームと同じボリュームで部屋の中を満たした。

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