第3話〈ぷっぽへからの宣告〉

 快は持病である偏頭痛が酷くなって来て軽く頭を振ると呟く。


「なあんか面倒くせえから今日はもう帰るか」


 正確には今日も、だったが。


 教室に戻ろうとノートパソコンを抱えて廊下を走る礼治を、誰かが呼び止めた。


「ねえ新谷君」


 その声に礼治の顔がこわばる。

 声の主である篭原らぶなをちゃんと見れずにいると、らぶなは礼治に微笑んで耳元でそっと囁いた。


「あとで椎野君のお話聞かせてね」

「……う、うん」

「貴方の秘密は誰にもしゃべってないわ」


 礼治から顔を離すとらぶなは今度は礼治の手を取り、廊下を歩き出す。

 礼治はその手を振り払えずに顔を曇らせた。

 憂鬱な気持ちを抱えたまま午後の授業をを終えて、いつも通りに快に連絡を入れる。

 快はほとんど学校にいないのだ。それは入学当初からの悪癖であり、友人が快しかいない礼治にとっては、本当はもっと登校してほしいのだが、今は複雑な心情だ。


「あれ」


 確かに快の電話番号にかけた筈なのに、コール音が始まらない。

 数秒後、スマートフォンの暗い画面がぱっと明るくなって、そこには画像が表示される。

 かわいらしい茶色い小熊のアイコンだ。

 礼治の表情が強ばる。見覚えるのある熊だ。


『やあ、ぼく、ぷっぽぺ。きょうは、きみにたいせつなおしらせをするよ』

「……うそ、だ」


 震える声をあげても熊は明るい声で〝告知〟をやめない。

 大きくて丸い目を爛々と輝かせながら――


『しんたにれいじくん、きみは、ふようにんげん、に、にんていされたよ。まもなくせいふからつうたつがあるから、ゆうびんぶつをかくにんしてね』

「な、なんで僕まで!」


 ぷっぽぺと名乗る小熊は目を瞬くと助言ともとれるが余計な言葉をかけた。


『こうしてじぜんにおしえてあげるいみを、みんなすこしかんがえてほしいなあ、ってボクはおもうよ。たとえばきみだったら、そのこをつかえば、どうとでもなるんじゃない?』

「……みーこは、そんな」

『んじゃあがんばってねえ』


 ぷつり、とぷっぽぺは消えて、コール音が鳴り始める。

 少しの間の後に少年が応答する。


『おまえいつも電話してくんのやめろよ』

「……」

『おい』


 何か様子がおかしい、その証拠に荒い呼吸音が聞こえる。

 もう一度呼びかけても反応がないので語気を強めた。


『礼治!!』

「う」


 やっと返ってきた返事は震えていて、やがて嗚咽に変わる。


『おい』


 もう一度呼びかけると礼治はやっと答えた。


「僕、不要人間に認定されちゃった」

『なに』

「どう、しよう。僕、一人だしどうしたらいいのかわからなくて」

『……』


 礼治が自分を一人だという意図は理解できる。

 実際、礼治の家族は崩壊状態だ。

 高校に入ってから知り合った仲ではあるが、聞いてもいない家庭環境をぺらぺらとしゃべるものだからすっかり把握している。

 確か兄は行方不明で両親は別居。礼治は一人暮らしの筈。

 自分と似ている状況だとは思う。

 快は父とは死別。精神不安定な母とは別居。

 今は暁と都内のマンションで二人暮らしだ。

 しかし礼治の父親は健在だし、母親も社会で暮らせているだろう。


『本当に、父親とも母親とも連絡はとれないのか』

「できない」

『わかった。じゃあ、俺と暁のとこに来い』


 気がつけばそう口走っていたのだった。

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