第2話〈平和な学生生活〉
――現在、日本は京というスーパーコンピューターに携わる研究者達により、AI技術を発展させ、国民は個人番号により管理されていた。
生活圏制御法は、まだまだ国民に受け入れられず、不穏分子を誕生させてしまう。
ガービッジを狩る者の中には、自らもガービッジなのに、同類を狩って金銭を得る者がいる。
そんな危険因子から彼らを守る存在、防護者が現れる。
お互いに組織に属するもの、フリーである者に分かれており、その手段は多義にわたり、その武器を制作販売する輩も乱立していた。
椎野快は十五歳という若さでありながら、フリーのプロテクトである。
現在確認できる中では最年少だ。
ふと視界に焼けた建物を捕らえ、足を止める。それはつい先日話題になった火災現場だった。
五階建ての雑居ビルは無惨な姿を晒し通行人の足を止めている。
目撃者が流した噂では、空から何かが降ってきて破壊されて燃え始めたというが……。
「危ないよなあ」
快はぼそりとそう呟いた。
新宿区内にある三階立てのビル。区内の中心にある明日香高等学校が、快の通っている学校である。
外観は若干色あせているものの、内装はリフォームされており、特に特進クラスは念入りに改修されていた。
通常クラスに通っている快は、教室に入るなり、担任に職員室に来いと呼び出されて憂鬱になる。
渋々顔を出せば頭皮が輝く中年の教師が語気を強めた。
「どうしてお前はいつも遅刻ばかりするんだ」
「すんません」
「まったく!」
ぶつぶつと文句を吐き出しながら、書類を快に手渡してきた。
ちらりと内容を読んでみるとどうやら進路についてらしい。
内心で将来についてか、と考えていたら担任が嫌味をぶつけてきた。
「言っておくがあくまでも身の丈にあった希望を考えろよ、お前は頭はよくないし、何より父親が堅気じゃないからなあ、どうせ希望は通らん」
「……それ、どういう意味ですか」
「う」
威圧感。それは、快からにじみ出るどうしようもない性だ。
快の父親はいわゆるヤクザであり快が十歳の時に命を落とした。
ちょうどその年、生活圏制御法が成立し、新しいスーパーコンピューターである京の稼働により個人番号が振られて〝不要人間(ガービッジ)〟の告知が始まった。
国民は混乱、治安は悪化。多数のファングが現れて集団で暴れた。
その事件が発端で、快の父親は広く顔を知られてしまい、当然担任も把握していた。
堅気でない者がよほど気にくわないのか、こうして度々嫌味を言っては快を苛つかせている。
「もういいっすか」
「あ、ああもういいぞ」
殺気にも似た感情を向けられて担任はすっかり怒りを引っ込めた。
その隙をついて快は話を切る。いつものパターン。
すっかり慣れたが入学早々にこんな話しばかりされて、気が滅入りそうになったものだ。
物心ついた時から暴力や抗争が身近だった為か、世間一般的な男子高校生とは感覚が違っているのを自覚している。
バカみたいなことではしゃぐ同級生がたまにうらやましくなる。
教室に戻るべきか逡巡し、結局昼休みまでさぼる事に決めた。
ようやく昼休みになって、もたれて寝ていた壁から身を動かす。
「こんにちは椎野君」
校庭に出る途中で声をかけられる。
「! ああ」
視線の先に立っているのは優雅な仕草で人目を引く少女――篭原らぶなが軽くお辞儀をしている。
腰まで伸びた長い黒髪、快を見つめる瞳は藍色。
学校内でも一番の美少女だと皆、口を揃える令嬢である。
そんな彼女が何かと快に笑顔で挨拶をして来るので、流石に気にしてしまうのだが、照れもあり結局ぶっきらぼうな態度で接していた。
困ったように頭を掻いて校庭へと出て行くその背中を、らぶなは目を細めて見送る。
花壇の前には先客がいた。なにやらしゃがみ込み、ノートパソコンをいじっている。
快は肩を竦めてつま先でその背中をこづく。
「おい礼治」
「あ、おっはよう快君! おっそい登校だねえ」
「退け、そこは俺の場所だ」
「だめだめ〝みーこ〟に花について説明してあげてるんだから」
「どかねえんなら、昼飯おごれ」
「パンだったら買ってあるけどお、なんか食べる?」
「お」
言われてみれば礼治の足下には膨らんだ袋が置かれている。
中を覗けば、メロンパンやら焼きそばパンやらサンドウィッチがひきしめあっている。どうやら快の分も用意してくれていたようだ。
「焼きそばパンもらうぞ」
「やっぱりねえ。いいよ。でね、みーこが花について興味を持ってね、学校の花壇にいろんな花が咲いてるって話したら見たいっていうから昼休みになったら高速でパンを買って急いでここに来てみーこに説明してあげてたんだあ、そしたら自分でも育ててみたいってねえ、みーこ」
「ああうるせえ。頭が余計痛くなるから黙れ」
「快君、偏頭痛もちだったっけ」
『かいちゃんこんにちは!』
「……」
今まさに焼きそばパンにかぶりつこうとしていた快は、甘ったるい声の呼びかけに視線を礼治のノートパソコンの画面へと向ける。
そこには妖精みたいな少女「みーこ」が満面の笑顔で手を振っていた。
なんでもこれはAIというものらしい。
礼治の兄が開発して礼治がこつこつ育てた結果、ナチュラルに会話が可能だと前にテンション高く話されて、いつの間にか自分は寝ていたのを覚えている。
焼きそばパンにかじり付き食べながら「快さんと呼べ」とだけ答えた。
ぼんやりと青い空を見上げる。平和だと錯覚しそうな空気。
今、この日本で不要と認定されて苦しんでいる人達がどれ程いるのか。
地位を落とされ、粗野な輩に狙われる彼らを守るのがプロテクトである快の仕事だ。
ふいに自虐的な笑みを浮かべ、視線を地へと戻す。
そこには初夏を迎えて活発になった蟻や羽虫が盛んに蠢いていた。
ぼんやりしていたら、チャイムの音で我に返る。
慌てて校舎に走って戻った礼治を見送った。
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