トンネル

クロノヒョウ

第1話



 俺の小説『トンネル』が舞台化することになった。


 今日はその主演女優のオーディションがあるからと監督に呼び出された。


 できるだけ俺のイメージを尊重したいという監督の気遣いだ。


 この『トンネル』という小説は主人公の女性が夢を追いかけるも長い間くすぶっていろいろと苦悩しながら人生のトンネルの出口を探すという物語だ。


 俺の初めての単行本。


 新人賞を受賞し現役の大学生という話題で売り上げを伸ばし文庫本にもなった言わば俺の分身。


 オーディション会場に着いて審査員席の端に座り、何もわからないまま渡された資料に目を通しながら次々とやってくる女優の卵を眺めていた。


 モデル、歌手、女優、ダンサー、今売り出し中の綺麗でキラキラした若い女性たちが主演を掴もうと必死で自分をアピールしている。


 気持ちはわからないでもない。


 俺だって自分の小説を読んでもらおうと必死で公募に出しては書きを何度繰り返したことか。


「ダンスが得意です」


 そう言った明るくて元気な声にはっとした俺はすぐに顔を上げた。


 顔を見てすぐに資料に書いてある名前を確認した。


 やっぱりだ。


 須藤舞すどうまい、高校の同級生だった。


 同級生で元カノ。


 舞は高校の時からすでにダンスチームに所属していた。


 そのチームはSNSでも有名で舞は学校でも人気者だった。


 明るくて活発で誰からも好かれていた舞。


 そんな舞が話しかけてきたのは俺が図書室でパソコンに向かって小説を書いている時だった。


「もしかして水谷くん、小説書いてるの?」


「へっ?」


 集中していた時にそう声をかけられ俺は辺りをキョロキョロした。


「あ、ごめんね。邪魔しちゃった?」


「須藤さん……いや、大丈夫だよ」


「ねえそれ、小説でしょ?」


「うん、そう」


「すごいなぁ。私あんまり本読まないから」


「えっ、じゃあなんで図書室にいるの?」


「あはっ、ここは静かで落ち着くの。音楽とリズムと振り付けでいっぱいになった頭を休めるのに最高なんだ」


「へえ。須藤さんダンスやってるんだよね? ダンサーってそんなに大変なんだ」


「大変じゃないよ。好きなことをやってるんだもん。楽しくて仕方ない。でも頭を休めるのも必要」


「そうか」


「うん。ねえ、水谷くんが書いたその小説、読みたいな」


「マジで?」


「うん、マジで」


 それからというもの、俺と舞は放課後の一時間ほどを毎日図書室で過ごすようになった。


 舞は俺の初めての読者だ。


 俺の小説を気に入ってくれた舞。


 舞はそれから自分の興味がある本を図書室で探して読むようになっていった。


 そして俺に「こういうの書いたら」とか「ここはハッピーエンドでしょ」とか意見を言うまでに本が好きになっていた。


 俺も舞のチームのダンスを見るようになった。


 SNSにあがっているものは全部見た。


 イベントやコンテストで踊ると聞くとすぐに会場に足を運んだ。


 お互いに鼓舞し合い高め合ってそれぞれの道で頑張っていた。


 惹かれ合って付き合うのはすごく自然だった。


 でも一年とちょっと、高校卒業を機に俺たちは別れた。


 舞はダンス留学、俺はそのまま大学へ。


 いつ戻るかわからないという舞は気を使ってくれたのか別れを切り出した。


「さよならだけど、きっといつかまた会える。私たちがお互いに踊ることと書くことさえやめなければ」


「俺はやめないよ。きっとやめれない」


「私も。止まりたくても止まれない。だからこの分かれ道の先はきっとまた繋がってる」


「そうだな。もし俺が先についたら待ってるよ」


「わかった。座ってゆっくり待ってて」


 その言葉を最後に俺たちは連絡を取り合うこともやめた。


 お互いに大好きなままで……。


 突然音楽が鳴り出した。


 その音に合わせて目の前にいる舞が軽やかにステップを踏む。


 俺の胸が高鳴る。


 舞のダンスを見るのは久しぶりだった。


 高校を出てから三年近く、舞は海外でどう過ごしてきたのか、何か見つけたのか、楽しかったのか苦しかったのか。


「楽しくて苦しかった」


 舞はそう叫ぶかのように笑顔で激しく踊っていた。


 音楽が止まると「ありがとうございました」と言って頭を下げた舞。


 俺は思わず立ち上がって拍手をしていた。


「あはっ」


 目が合って笑う舞。


「次の方どうぞ……」


 それからオーディションが終わり審査員である監督たちと会議が行われた。


 俺はすぐに舞を推した。


「この『トンネル』の主人公は小さい頃からの夢を追いかけてがむしゃらに前に進む強い女性です。実はこのモデルは高校の同級生の須藤舞さん本人でして」


「ほう! それは話題にもなるし宣伝効果も抜群かもしれませんね」


「他にこれだという方がいなければぜひ考えてみてください」


 審査員たちは皆うなずいていた。


 そして主演が発表され、部屋に入ってきたのは舞だった。


 嬉しそうに満面の笑みで俺を見た舞。


 静かにうなずく俺。


 これでまた俺たちは同じ道を歩くことができる。


 トンネルを出て座って待っていると、トンネルから出て来た舞が笑顔で手を振りながら走ってくる。


 そんな姿が俺の脳裏に浮かんだ。



           完





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