6-魔王城完成!

「ついにこの日が来たか!」

 魔王は子どものように小躍りした。

 現場から、”新魔王城が完成した”との報せが届いたのは、ほんの数時間前のことである。

「はい。建築基準法に則り、各方面の問題はすべてクリアしております」

「よくやってくれた。建設に携わった者たちには重き恩賞をとらせよう」

 魔王はさっそく部下を率いて新魔王城を見て回ることにした。


 外観は旧魔王城に近づけるため、黒を基調とした威圧感のあるたたずまいである。

 が、高さとなるとそうはいかない。

 6階層以上の建築物にはエレベータの設置が義務づけられている。

 そのようなものを設置すれば、勇者は一気に魔王の部屋までたどり着いてしまう。

 ではエレベータを設置するとして、使えなくすればいいのでは、と魔王は提案したが却下された。

 設置したエレベータには維持保全、定期検査と報告の義務があるからだ。

 結果、新魔王城は全5階層のこじんまりとしたサイズに収まった。

 高層にできない代わりに四方に伸ばすことで旧魔王城のボリュームに近づけることとなったが、今度は建蔽率けんぺいりつと容積率の問題が出てくる。

 そのため広大な土地を購入するはめとなり、魔王軍の財政はよろしくなかった。


「入り口は広くとり、荘厳さを演出しています」

「うむ」

「通路にはロウソクを模した照明を壁に掛けてあります。常時、火を使うには届け出が必要ですので」

「しかたあるまい。しかし雰囲気が出ていてよいではないか」

 魔王は何度もうなずいた。

 外観、入り口、入ってすぐの通路の出来栄えは満足のいくものだった。

 禍々しくも上品さのただよう、見事な内装だ。

「通路を進んだ先は広い部屋になっており、複数の柱を立てています。これは柱の裏に魔物を潜ませ、勇者を不意打ちするためです」

「うむうむ。最初の仕掛けとしては上等だ」

「その先には宝箱やツボ、書棚に化けた魔物を配置します。勇者たちは家探しをする習性があります。必ずこの罠にかかりましょう」

「ふふふ、慌てふためく姿が目に浮かぶわ」

「2階には要所に落とし穴をしかけました。もちろん壁際にも。彼らの侵攻を妨げること請け合いでございます」

「定番ながら効果的な――おっと」

「お気を付けください! このあたりは特に落とし穴が多い地帯です。この見取り図の赤い床は踏まれませんように」

「お、おお……できれば先に見せてほしかったな」


 2階、3階と回りながら案内を受ける魔王は、各所の説明を受ける度にため息を漏らした。

 限られた条件の中、旧魔王城と比べても遜色のない造りになっている。

 侵入者を適度に迷わせる構造や、法令に違反しない程度に勇者にダメージを与える罠の数々には、建築に携わった者たちの知恵と苦労、なによりこだわりが見てとれた。

「ここ4階はフロア全体が迷路になっています。床から天井まで塗装を統一し、視覚的にも惑わせる内装となっています」

「なるほど。ほう……一方通行の扉を置くとは工夫が光るな。見取り図がなければ我々でも迷いそうだ」

「これら仕掛けの数々が勇者たちの体力を奪い、精神を疲弊させるのです」

「見事なものだ……そしてこの大迷路を抜け、階段を上った先がいよいよ――」

「はい、魔王様のおわします、”魔王の間”にございます。威厳を示すため、この階には細工は施しておりません」

「最終決戦の場として相応しい……というワケだな」

 5階は階段を上がって正面に長い廊下があり、一定間隔ごとに荘重な扉が何枚も並んでいる。

 その先に待つのは魔王である。

 いよいよ最後の敵と対峙する――という雰囲気を盛り上げるための、シンプルながらも効果的な演出だ。

「うむうむ、よいではないか!」

 魔王は大いに喜んだ。

 伝説の勇者が旧魔王城の近くに現れた時はどうなるものかと焦ったものだが、そこからの苦労が実を結んだと思うと感慨深い。

「よくやってくれた。褒美をとらせよう。いや、その前に宴だ。部下たちの士気も上げねばならん。今宵は豪勢にいこうではないか!」

 魔物たちが受け取る給料からは、厚生費としていくらかが天引きされている。

 それらは総務課が別口座で管理しており、今日のような宴会の費用に充てられるのだ。

「よろしいかと思います。それでは外に出ましょう」

 案内役の言葉に、魔王は首をかしげた。

「どこへ行こうというのだ?」

「宴を催されるのでは? では城外に出なければなりますまい」

「来た道を戻るのか?」

「当然ではございませんか。出入口は正面の一か所なのですから」

 魔王の歩みがぴたりと止まった。

「いや、ちょっと待て。するとあの大迷路や、特定のスイッチを正しい順番で押さないと扉が開かない仕掛けをまた通らねばならんのか?」

「さようでございます」

「最上階まで3時間以上かかるのだぞ?」

「帰りは2階の落とし穴ですぐに1階に降りられますから、少しは早くなりましょう」

「そ、それにしてもだな……」

 冷や汗を拭いながら魔王はあらためて見取り図に目をやった。

 4階の大迷路は最短経路でも2時間はかかる。

 どこか抜け道はないかと図面を眺めるが、それらしいものはどこにもなかった。

「勝手口みたいなものはないのか?」

 案内役は少しだけ面倒くさそうにかぶりを振った。

「ここは魔王城です。名称のとおり、魔王様の個人の住宅として建てられていますので、非常口の設置義務はございません」

「昔はどこのご家庭にも勝手口があったぞ?」

「古い家屋の中には今でも残っているところもございましょう。しかしそんなものを設置して、もし勇者に見つかったらどうなります?」

「それは……うむ……」

 ぴしゃりと言われ、魔王もそれ以上は反論できず、素直に案内役の後ろを付いて歩く。



 その夜、魔王軍は近隣の町を制圧し、そこで豪勢な宴を催した。

 新魔王城の広間でおこなうという案もあったが、完成したばかりで床や壁に傷をつけたくない魔王が頑なに拒んだのであった。

「今宵は飲み明かそうではないか!」

 魔王城の完成にかこつけ幹部が終結したことで、彼らの士気は大いに高まった。

 報告によれば勇者一行はカスイの渓谷を越えたという。

 その先のキクイタダ大橋を過ぎれば、いよいよここ、魔王城のある領域に踏み込むことになる。

「決戦のときは近い! 英気を養い、戦いに備えるのだ!」

「おう!」

「我らが魔王軍の勝利を!!」

「おい、人間! 酒だ! どんどんもってこい!」

「はい、ただいま!」

 魔物に言われるまま店主たちは次々に酒を運ぶ。

 かなりの激務だったが、彼らの顔つきは活き活きとしていた。

 なにしろこの店にとって稼ぎ時なのだ。

 噂では勇者一行も訪れる先で酒場に出入りするらしいが、情報収集が主で酒の一杯も飲まないらしい。

 となると大所帯でやって来てくれる魔王軍のほうが、店にとってはありがたいのだ。

 飲み放題おひとり10,500ゴールドは先に受け取っている。

 つまり食い逃げ(飲み逃げ)される恐れはない。

 もっとも、相手は魔物だから支払った金を奪い取って大暴れ――という可能性は、ない。

 なぜならこの一帯にある町はここ、チャーボの町しかないからだ。

 居酒屋にそっぽを向かれて困るのは魔王軍なのである。


 ここは以前は”旅立ちの村”という名称だったが、勇者がまずい場所に転移してきたため、この辺りが終盤の地に変わってしまった。

 元々は田舎で田畑が広がるのどかな土地だったが、勇者が訪れる最後の町になるということで急遽、開発が進められた。

 人もモノも多くなり、物価も高騰。

 こん棒や粗末な服を売っていた商店は、仰々しい武具を扱う一流店へと変貌を遂げた。

 旅立ちの村は短期間で大きく発展したのであった。

「ところで総務部長よ。ホテルの件はどうなった?」

「話はまとまりそうです。他の宿泊客に迷惑をかけなければ、1カ月単位で部屋を用意できると」

「そうか。せっかく魔王城が完成したのにホテル暮らしというのもおかしな話だが……まあ、しかたあるまい」

 魔王たちはホテルのほぼワンフロアを借り切り、当面はそこで生活することになった。

 なにしろ新魔王城は入り口から魔王の間にたどり着くまで数時間かかるのだ。

 しかも雰囲気を重視したために寝室はおろか、トイレも風呂もキッチンもない。

 したがって勇者がやって来るときにだけ機能する城――なのである。

 というワケでしばらくはホテル暮らしとなったのだ。

 このホテルもかつては”宿屋”と称するのが相応しい質素なたたずまいだったが、今では数百人の宿泊客を収容できる大会社へと成長している。

「町の南には空き家がいくつかあるそうです。そこを買い取りましょうか?」

「うむ、急な開発にともなって空き家問題も浮上してきたからな。それも視野に入れねばなるまい」



 魔王軍に休息はない。

 宴の最中でさえ、彼らは世界を支配するための計画を練り続ける。


 対決の時は近い。

 伝説の勇者。

 魔王率いる魔王軍。


 はたして勝利するのはどちらか!?

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