5-魔王名物 拉致監禁

「申し上げます」

 あばら屋で天井のシミの数を数えていた魔王の元に、数名の魔物がやってきた。

「どうした? 現場で何か問題があったか?」

 魔王の目下の興味は新魔王城である。

 ようやく納得のいく――それでもかなり妥協したが――設計にたどり着き、建築が始まったのだ。

「いえ、ついにウバリツ王国のカンナ姫をさらってきました」

 魔物たちの後ろに縄で縛られた女がいた。

 豪奢な衣服は土に汚れてみすぼらしく、落魄しているように見える。

「おお、そうか。よくやった」

 魔王は緩慢な動作で女に近づくと、その顔を覗き込んだ。

「ふふふ……人間の女よ。恨むなら己が不運を恨むのだな。これからお前に魔族のおそろしさをあじわわせてやろう」

「………………」

 カンナ姫は顔をあげると、キッと魔王を睨みつけた。

「フハハハ! これは気丈な娘さんだ。だがその強がりがいつまで持つかな……? 連れていけ!」





 数日後。


「ちょっと! 掃除するからそこをどいてちょうだい!」

 カンナ姫が箒の先で魔物の頭をこづいた。

 粗末な服に着替えさせられた彼女は、つま先まで土やほこりを被っている。

「なんだ貴様、人間のくせに生意気な。私が誰だか分かっているのか?」

「四天王でしょ? 知ってるわよ。顔を合わせるたびに言われてんだから」

「だったらそのふざけた態度を改め――」

 カンナ姫はふんと鼻を鳴らした。

「私はね、魔王に馬車馬のように働くよう命令されてるのよ。掃除もその一環なの。あんた、魔王の邪魔してるって分かってる?」

「ぐぬぬ……」

「なぁにが、”ぐぬぬ”よ。魔王に言いつけるわよ。あんたが私の邪魔をするせいで命令を守れないってね」

「く、くそ……!」

「分かったらさっさとどいてちょうだい。あ、洗濯物はまとめておくこと。いいわね?」

「人間の女め……このままではすまさんぞ」

 魔物は咆哮すると、部屋中にちらばっていた洗濯物をまとめてカゴに入れた。





「ということなのです、魔王様。どうにかなりませんか?」

 四天王に詰め寄られ、魔王は思わずたじろいだ。

「着替え中に平気で入ってくるわ、草むしりを手伝わされるわ、休みの日は遅くまで寝ていたいのに無理やり起こされるわ――」

「オレなんて留守中に勝手に部屋の掃除をされたんですよ? あの女、ベッドの下に隠しておいた本をわざわざテーブルの上に……!」

 彼らの愚痴は止まらない。

「ぐぬぬ……思ったよりもしたたかな女のようだな。よかろう。話をつけるとしよう」

 このままでは士気に影響するかもしれない、と判断した魔王は後日、カンナ姫と話をすることにした。



「――ということだそうだ。各所から苦情が来ている」

 あばら屋の一室。

 朽ちかけた円テーブルを挟むふたり。

「ああ、そう」

 カンナ姫は特に反応を示さない。

 怯えている様子も、不満に思っている様子もない。

「王族の女よ。なぜそんなに楽しそうに雑用に精を出す? 自分の置かれている身を分かっているのか?」

 魔王が言い終わらないうちに彼女はくすりと笑った。

「だって楽しいもの。お城にいたときは従者たちが全部やってくれたわ。たしかに楽ではあったけど窮屈だったのよ」

「楽しい……だと?」

「たまには自分で窓を拭いたりしてみたいと思ったけど、”姫様にそんなことをさせるワケにはいかない”ってやらせてくれなかったのよ」

「楽ではあるが楽しくはない、と?」

「散歩さえ自由にできないのよ? 後ろからぞろぞろ従者がついてきて。そっちは危ないだの、お帰りの時間が、だの」

 カンナ姫が身を乗り出したので、魔王はすっかり引いてしまった。

「そ、そうか……姫という身分もなかなかたいへんなのだな」

「そうなのよ! ろくに体を動かせないのに対面を保つために体型を維持しなくちゃいけないの。なら散歩くらい好きに行かせろ、って話よ」

「……お前を酷使していじめているつもりなのだが……お前はつらくないのか?」

「新鮮で楽しいわ。ペットのスライムもかわいいし。薄暗くて辛気臭いこと以外は満足ね」

「ま、魔物をペットにしているのか? スライムは弱くてかわいいというイメージだが、斬っても死なない、触れたものを溶かすという凶悪さだぞ」

「たしかに長時間触っているとかぶれることもあるわね。でも暑い日はひんやりして気持ちいいわよ」

「…………」

 人選を誤ったかもしれない、と魔王は思った。

 はじめこそ気丈に振る舞うものの、魔族の恐ろしさに次第に気力を奪われ、城に帰りたいと懇願する。

 だがやがてそんな声も上げなくなり、ついにはうつろな目で狭い一室に閉じこもる――。

 これが魔王の描いていた囚われの姫様の図だ。

「王族の女よ。お前をイガスカの洞窟に閉じこめる。それとなく居場所を勇者に教えておくから、じきに救出されるだろう。そうなれば晴れて自由の身だ」

「じゃあまたお城に逆戻りじゃないの。いやよ、そんなの」

「そうは言ってもな……相場というか定番というか――」

「だからいやだって。当分、帰るつもりはないから」

「ではいつかは帰ってくれるのか!?」

 魔王は思わず笑んだ。

 カンナ姫はふいと他所を向いた。

 しかしその拗ねたような表情が怪しげなものに変わる。

「ねえ、私と結婚しない?」

「な、な、何を言いだすのだ……!?」

 突然の申し出に魔王の顔は真っ赤になる。

「そうすればウバリツ王国の領土はあなたのものになったも同然よ。魔王は世界を支配したがるものでしょ? ちょうどいいじゃない」

「ば、馬鹿を申すな……け、っこんなどと……! そのようなこと、軽々しく言うものではない!」

「なに? 照れてるの? 魔王”様”が?」

「当然だろう。物事には順序があるではないか。こういうのはだな……その、清い交際を重ねてお互いをもっと――」

「誘拐しておいて順序も何もないでしょう」

「だったらなおさらだ。親御さんへの挨拶はどうする? おたくの娘さんをさらったが結婚を認めてくださ……言えるか!!」

「そこ、律義なのね……魔王のくせに」

「と、とにかくだ! お前とは結婚などせん! せいぜい勇者と愛を育むのだな!」

 魔王は耳まで真っ赤になった顔を隠して手下を呼びつけた。

 すぐに数名がやって来る。

「この女をイガスカの洞窟に幽閉せい。勇者たちにはそれとなく情報を与えておくのだ」

「承知しました!」

「女、ついてこい!」

「いやよ! ちょ、離してよ、バカ! アホ!」

「……うるさい女だ」

「離してって言ってるでしょ! 鬼! 悪魔!! 大魔王!!!」




 かくしてカンナ姫は、勇者が滞在している村のすぐ近くにある洞窟に閉じ込められてしまった。

 やがて勇者に救出されたカンナ姫はひどく落ち込んでいたという。

 この非人道的な仕打ちの数々。

 なんとおそろしい!

 これが人を人とも思わぬ魔族の所業なのである。

 

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